民事訴訟において、原告(訴える者)が被告(訴えられる者)を相手とし、第一審の裁判所に対して、一定の権利または法律関係の存否の主張(訴訟上の請求)について審理および判決を求めるための行為をいう。行政訴訟も同様であるが、刑事訴訟では公訴にあたる(公訴の提起が起訴である)。
「訴えなければ裁判なし」という法諺(ほうげん)にもみられるように、民事訴訟では原告の訴えがなければ、裁判所はその事件について審理を始めることはできないし、また原告が申し立てた範囲内の事項についてだけしか審理・判決できないのが原則である(民事訴訟法246条)。訴えの提起から判決を得るまでの裁判所による手続の全体が訴訟である。訴えが提起されると、裁判所はこれに対しなんらかの応答(裁判)をしなければならない制度上の義務を負うことになる。しかし、すべての訴えに対して原告の請求を認容したり、あるいは棄却する判決(本案判決)をしなければならないわけではない。本案判決をするためには、その前提として一定の要件(訴訟要件)が備わっている適法な訴えでなければならない。この要件が欠けている場合には、訴え却下の判決(訴訟判決)がなされてしまう。これを俗に「門前払いの判決」という。訴えは、原告の訴訟上の請求の態様に応じて、給付の訴え、確認の訴え、形成の訴え(創設の訴え)の三つに分けられる。
[内田武吉・加藤哲夫]
特定の給付請求権の存在を主張する訴えである。ここで給付とは、被告に金銭の支払い、物の引渡し、家屋の明渡しなどの作為や、何々するなという不作為を求めることである。古くから認められている訴えで、今日でももっとも多く利用されている。給付の訴えにおいて原告が勝訴した場合、被告がその判決どおりの履行をしないと、強制執行によって給付請求権の実現を図ることができる効力(執行力)を有するのが特徴である。この裁判の手続全体を給付訴訟という。
[内田武吉・加藤哲夫]
特定の権利または法律関係の存在あるいは不存在を主張する訴えである(例外として民事訴訟法134条の証書真否確認の訴えがある)。たとえば、「この建物は原告の所有である」とか「原告は被告に対し金何万円の債務はない」というような主張をする場合である。判決によってそれらの法律関係が確定されると、その当事者間ではもはや争うことが許されなくなり、これによって紛争が解決されることになる。この裁判の手続全体を確認訴訟という。
[内田武吉・加藤哲夫]
一定の形成要件に基づく法律関係の変動(発生・変更・消滅)を主張する訴えである。たとえば、判決によって離婚(民法770条)や株式会社の総会決議の取消し(会社法831条)などを求める場合である。身分関係や社団関係については利害関係者が多いので、その変動は当事者間だけでなく第三者との関係でも画一的に生じさせる必要がある。そこで判決によって初めてその変動の効力を生ずることとしたのである。したがって形成の訴えは、法律の規定によって認められている場合に限り提起できることになっている。この裁判の手続全体を形成訴訟という。
[内田武吉・加藤哲夫]
訴えの提起は、訴状を裁判所へ提出するのが原則である。訴状には所定の必要事項(民事訴訟法133条、民事訴訟規則53条)を記載し、かつ訴額に応じた手数料を納付するため印紙を貼付(ちょうふ)しなければならない。なお、簡易裁判所へは口頭による訴えの提起も法律上は認められている。
[内田武吉・加藤哲夫]
前記のように起こされた訴えも、原告がその意思により訴えを取り下げると、確定判決に至らずに訴訟手続は終了する。すなわち訴えの取下げとは、訴えが提起されたあとに、もはや審理・判決を求めないという裁判所に対する原告の意思表示である。ただし被告が応訴態勢に入ったのちは、被告に原告の請求を棄却する判決を求める利益が発生するから、その利益を保護する必要がある。そのために原告が訴えを取り下げるには被告の同意を必要とする(民事訴訟法261条)。訴えの取下げがなされると、訴訟はその部分については、初めから裁判所に係属しなかったことになる。したがって上訴審で訴えの取下げがあると原審判決も効力を失うことになる。このように訴えの取下げによって訴訟はなかったことになるので、ふたたび同一事件について訴えを提起することは差し支えない。しかし本案について終局判決があったのちに訴えを取り下げた者は、無用な審理の反復と同一事件についての判決の矛盾を避けるために、ふたたび同一の訴えを提起することはできない(同法262条2項)。
[内田武吉・加藤哲夫]
訴訟が一つの訴訟手続で進行される場合、訴訟上の請求が単数で原告、被告が各1人であるのが訴訟の基本形態であるが、訴訟上の請求が数個の場合あるいは当事者の一方または双方が複数の場合も訴訟法上認められている。それは、当事者の負担を軽減して便宜であるし、関連した請求であれば審理の重複や裁判の矛盾・抵触を避けることができるからである。しかしこれを無制限に認めると審理が繁雑になり訴訟を遅延させることにもなるので、それぞれに合理的な併合の要件が定められている。1人の原告から1人の被告に対し、一つの訴えをもって当初から数個の請求をすることを「訴えの客観的併合」という(民事訴訟法136条)。売買代金支払請求と貸金返還請求を併合するような場合をはじめとして種々な形態がある。これに対し、数人の者が原告または被告として、一つの訴訟手続に対立関与している訴訟形態を「共同訴訟」あるいは「訴えの主観的併合」という(同法38条)。共同訴訟は、判決が共同訴訟人(同一の側にたつ当事者)ごとに区々になることが許されるか否か(合一確定の必要)および数人が一体として訴えまたは訴えられることが請求についての解決に必要であるか否か(訴訟共同の必要性)という観点から、「通常共同訴訟」と「必要的共同訴訟」に、さらに後者は「固有必要的共同訴訟」と「類似必要的共同訴訟」に分類されている。
[内田武吉・加藤哲夫]
民事訴訟(行政訴訟を含む)において,被告を相手とした一定の主張(請求)の当否について裁判所の審理判断を求める原告の申立てをいう。刑事訴訟における公訴(起訴)に対応する。
裁判所がみずから進んで事件を探し出し訴訟を開始するということはなく,原告からの訴えがあって初めて裁判は開始される。これを〈訴えなければ裁判なし〉という。刑事事件では国家の関心が強く,検察官をして公訴を提起させるが(刑事訴訟法247条),民事事件では,家事事件の一部を除いて,訴えを提起するか否かは私人の自由にゆだねられる。逆に,私人が訴えを提起しようとする場合,一定の要件を備えた訴えは必ず受理され,〈裁判を受ける権利〉が保障される(憲法32条)。ちなみに,裁判所の審判を求めることができる当事者の権能を訴権と呼び,かつては民事訴訟法学の理論的中核として大いに議論されたが,近時は訴権の概念の有用性に疑問をもつ見解が有力である。ところで,最終的には訴えを提起できるのであるが,家事事件の一部や国税に関する不服等にあっては,それぞれ家事調停(家事審判法18条),異議申立て・審査請求(国税通則法115条)を経た後でなければ訴えを提起できないという制約を受けることがある。なお,訴えは弁護士の手を通す必要はなく,私人自身で提起し維持することが可能である(本人訴訟)。
訴えの提起は訴状を裁判所に提出することによってなされる。訴状への記載が要求されるのは,当事者(訴訟当事者)の表示,〈請求の趣旨〉〈請求の原因〉である(民事訴訟法133条)。〈請求の趣旨〉とは,訴えの結論として何を求めるかを簡潔に表示するものであり,勝訴判決の主文に照応する。訴えは,求められる内容から,給付の訴え(給付訴訟),確認の訴え(確認訴訟),形成の訴え(形成訴訟)に分類されるが,このそれぞれの請求の趣旨は,たとえば,被告は原告に金100万円を支払えとの判決を求める,原告が某建物について所有権を有することを確認するとの判決を求める,原告と被告とを離婚するとの判決を求める,というように記述される。これは,〈訴訟上の請求〉(または単に,請求),訴訟物と講学上呼ばれるものにほぼ対応する。〈請求の原因〉とは,ある訴訟の対象としてどのような請求がなされているのかを識別特定するための事実の記述であり,たとえば同一当事者間に100万円の債権が数個存在する場合に,契約締結の日時その他を記述して訴訟の対象とされた債権はそのうちのどれかを特定することをいう。訴状には,当事者の表示,〈請求の趣旨〉〈請求の原因〉以外のことを書くことも許され,この場合は準備書面を兼ねることになる。訴え提起にあたっては,訴状への印紙貼用によって手数料を納めなければならない(民事訴訟費用等に関する法律3条)。ただし,一定の場合には手数料納付が猶予されることもある(訴訟救助。〈訴訟費用〉の項参照)。訴状が以上の要件を具備しているか否かは裁判長によって審査され,補正できない欠缺(けんけつ)があればその訴状は却下される(民事訴訟法137条)。訴状審査を通ると訴状は被告に送達され,口頭弁論の期日が指定され訴訟の進行が開始する。この状態を訴訟係属という。訴訟係属の発生時期が訴え提起時か被告への訴状送達時かについては争いがあるが,訴訟係属があると,同一当事者間での同一請求につき二重に訴えを提起すること(二重起訴)が禁止される(142条)等の一定の効果が発生する。もっとも,142条の重複訴訟の禁止については,同一請求の二重訴訟の禁止にとどまらず,関連する諸請求の併合の強制として再構成しようという見解が有力である。
訴えが提起されても,一定の要件を満たしていなければ本案判決(実体判決)に至らず,訴えは却下される(いわゆる門前払い判決)。この一定の要件を訴訟要件と呼ぶ。〈訴えの利益〉,当事者適格等がそれであるが,訴えが管轄のある裁判所に提起されることも含まれる(裁判管轄)。もっとも,渉外事件で日本に国際裁判権がない場合には,訴えは却下されるが,国内事件で裁判所の管轄を誤った場合には,訴え却下ではなく事件を管轄のある裁判所に移送する。
民事領域における私的自治の原則の反映として,裁判所の判決によらずに当事者が訴訟を終了させることもできる。〈請求の放棄〉〈請求の認諾〉〈訴訟上の和解〉〈訴えの取下げ〉がそれである。〈訴えの取下げ〉があると訴訟係属が初めからなかったことになるが,本案につき弁論が開始された後に訴えを取り下げるには被告の同意が必要である。また,判決が出た後それが確定する前に訴えを取り下げると,同じ請求につき再び訴えを提起することは禁止される(261条,262条)。ところで,当事者の申立て以上の判決をすることは許されず,たとえば100万円の請求に対し150万円の支払を命ずる判決をすることはできない(246条)。これも,私的自治の原則の反映と考えられる。以上を,講学上,処分権主義と称する。判決の資料面の規律である弁論主義と広義では混用されるが,別の概念と理解するのが妥当である。
一人の原告が一人の被告を相手に単一の請求をするというのが最も単純な形であるが,現行法はこれ以上の複雑な形態を広く認めている。所有権確認請求と移転登記請求とをあわせて訴えるというような形の〈訴えの客観的併合〉,売買代金請求に目的物返還請求を追加するというような〈訴えの変更〉,原告または被告が複数名である共同訴訟(訴えの主観的併合とも呼ばれる),第三者が加わってくる訴訟参加がそれである。今日多くの問題を提起している集団訴訟はこれらの複雑な形態をとるが(100人の原告が企業3社を被告に,損害賠償請求と差止請求を併合して訴えを提起したところへ,国が被告側に参加する,等々),伝統的な枠組みに修正を迫る部分も少なくない。
執筆者:高橋 宏志
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… なお,現在でも,たとえば,労働委員会における不当労働行為の審査手続(労働組合法27条)や,公正取引委員会の審判手続(独占禁止法49条以下)などは,それぞれの行政委員会がその専門的立場から,ある程度訴訟に類似した手続構造をとって裁断を下すが,あくまでも行政機関による手続である点で訴訟とは区別される(行政審判)。
[訴訟と市民]
訴訟は一方の当事者(原告,刑事訴訟では検察官)の判決を求める申立て(民事訴訟,行政訴訟では訴え,刑事訴訟では公訴)があってはじめて開始される。判断者である裁判所が自分から事件を探して取り上げるようなことはしない。…
※「訴え」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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