翻訳|slag
溶融金属製錬における原料中の不純物成分と,目的金属等からのその不純物成分の分離を助けるために加えたフラックス(媒溶剤成分)とからなる液相の総称。のろ,滓(さい)とも呼ばれる。また非鉄製錬の場合は鍰(からみ),とくに粗金属等を製造する過程で発生するものは鉱滓(こうさい)という。表に各種金属製錬で発生するスラグの組成例を示す。どのスラグにも共通な成分としてシリカSiO2が含まれているが,これはSiO2が鉱石の種類を問わず岩石に由来する不純物成分であるためである。それ以外の成分は鉱石によって異なり,銅製錬では鉱石の主成分が黄銅鉱CuFeS2であるためにそのスラグにはFeO分が多く,フェロクロムスラグにはマグネシアMgO,アルミナAl2O3分が多い。フェロニッケルの製造にケイニッケル鉱H4(Mg,Ni)3Si2O9を使う場合のスラグはMgOを多量に含む。これに対し製鋼スラグ(鋼滓ともいう)のように粗金属の精錬過程で発生するスラグは,粗金属中の不純物の酸化によって生成したもので,製鋼スラグ中のSiO2がこれに当たる。このような理由から,金属製錬においてはスラグの発生は避けられない。
スラグに要求される性質としては金属等からの分離性がよいことが最も重要であり,このためには流動性がよく,金属よりも比重が十分小さい(ふつう2~3)ことが必要である。実際にはスラグを構成する酸化物単独の融点が非常に高いため,フラックスを加えて適切な組成にしている。高炉における石灰石の装入がその一例である。一方,スラグは不用成分から成るにもかかわらず,金属を精製するという重要な役割を担っている。このためには不純物の吸収能力が大きいことが必要である。高炉スラグ中への硫黄Sの吸収,製鋼スラグ中への五酸化リンP2O5の吸収がその例である。この場合,有用成分を損失しないよう留意しなければならない。このほか,スラグには目的金属を外界から遮断する作用があり,金属をスラグで覆うことにより空気による酸化を防止したり,熱の放散を低減したりしている。以上のような理由で,良好なスラグを作ることは,古くから製錬技術においてきわめて重要な意味をもっている。
前述のようにスラグはSiO2を含むことが多いので,成分的には岩石に似てケイ酸塩酸化物といってよい。一部の例外を除き溶融状態ではイオン伝導体的性質をもっている。すなわちCa2⁺,Mg2⁺,Fe2⁺等の陽イオンとO2⁻,SiO44⁻,Si2O76⁻,PO43⁻等の陰イオンにほぼ完全解離していると考えられている。このため水溶液同様ほとんど電子伝導はしない。スラグの流動性は一般にSiO2が多くなるほど悪くなる。これは,SiO2の濃度の増大とともに正四面体構造のSiO44⁻単位がいくつも鎖状またはリング状に連結したより大きなイオン(SiO44⁻→Si2O76⁻→Si3O99⁻→……)が生成するためである。蛍石CaF2はスラグの流動性を上げるために効果的なフラックスとなってはいるが,その理由は十分理解されていない。
水溶液の酸性度が水素イオン濃度(正確には活量)で定義されるpHで記述されると同様に,スラグについては酸素イオン濃度が高いものを塩基性スラグ,低いものを酸性スラグと定義すべきであるが,測定原理の理論的制約のために便宜上塩基性酸化物濃度と酸性酸化物濃度の比をもって塩基度を定義することが多い。一般にNa2O,CaO,MgO,MnO,FeO,Fe2O3,Al2O3,TiO2,B2O3,SiO2,P2O5の順に塩基性酸化物から酸性酸化物に推移するといわれている。Fe2O3,Al2O3,TiO2のように中間に位置する酸化物は,条件しだいで酸性,塩基性いずれの性質をももついわゆる両性酸化物である。塩基度は不純物の精錬作用に密接な関係がある。たとえば,酸化されて酸性酸化物となる鋼中のリンは,塩基度の高いスラグほど除去しやすい。
スラグはその発生量が少ないほど熱経済的に有利であるが,その量は原料中の不純物量によって左右される。高品位鉱石を用いる日本の高炉スラグ量は銑鉄1t当り約300kg,製鋼スラグ量は鋼1t当り約100kgであるが,とくに高炉スラグ量は国ごとの原料事情によって大きく変動している。発生したスラグは凝固後廃棄されることが多かったが,最近は有効に利用される傾向が強い。たとえば,高炉スラグは水で急冷凝固したのち粉砕し,いわゆる水砕スラグとして道路路盤材,セメント原料,コンクリート用骨材等として利用されている。銅転炉スラグに残留する銅の硫化物は浮遊選鉱して回収されている。製鋼スラグについては,道路用材,土壌改良剤,セメント原料等の有効利用が模索されている一方で,その発生量そのものを低減し,またその一部をプロセスの中でリサイクルするような技術の開発が進められている。また最近はスラグのもつ熱エネルギーを回収する技術が実用段階に達している。なおトーマス転炉から発生するスラグは,原料が高リン銑であるためにP2O5が18~22%に達し,トーマスリン肥として肥料に使われていたが,この製鋼法の衰退とともに現在はほとんど見られない。
執筆者:佐野 信雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
鉱石や粗金属から目的金属を得る際、脈石類や不純物などを溶融状態で金属より分離させる目的で溶剤を添加し生成させた、おもにケイ酸質の酸化物融体である。製錬の際のスラグを鉱滓(こうさい)、製鋼スラグはとくに鋼滓と書く。非鉄製錬では鍰(からみ)ともいう。現場では「のろ」とよぶ。目的金属を得たあとの残渣(ざんさ)、滓(かす)であるが、近年そのほとんどが有効利用されており、スラグという表現が一般的である。
スラグに必要な性質は、脈石や不純物をできるだけ多く溶解し、金属を分離しやすいこと、すなわち融点が低く、目的金属より比重が小さく、流動性がよく、金属との界面張力が大きいこと、また化学的に不純物をより溶解しやすいことなどである。電気炉、エレクトロスラグ再溶解などではスラグの熱的・電気的性質も重要である。
高炉では溶剤として石灰石を入れ、鉄鉱石、コークス中のおもな脈石であるシリカ、アルミナと結合させ、ケイ酸塩スラグを生成させる。さらに不純物である硫黄(いおう)をより吸収するようにマグネシアを含む溶剤をも加え、より塩基性の高いスラグとする。製鋼過程においては有害成分のリンをもっともよく吸収し、精錬末期にリンがスラグ中に安定して存在するように溶剤である生石灰の添加法、吹精法がくふうされている。成分はCaO, SiO2, FeO, MgO, P2O5, MnOである。非鉄製錬では、目的金属自身あるいはその酸化物の溶解度ができるだけ小さなスラグが望ましい。西洋の格言Look after the slag, and the metal will look after itself.にあるように、よい金属を得るには、よいスラグをつくらなければならない。
日本における2008年(平成20)の高炉スラグ量は2000万トン近くであり、この膨大なスラグの有効利用は重要な課題である。溶けた高炉スラグを水で急冷するとガラス質の細かい粒になる。これを水砕スラグといい、水硬性をもつため乾燥後セメント原料として利用でき、エネルギーの節約に役だつ。また、多孔質で軽量のためコンクリート骨材としても利用される。徐冷した高炉スラグは結晶質で硬く、緻密(ちみつ)であり、路盤材やコンクリート骨材として広く使われている。
製鋼スラグでリンを多く含むものは、肥料として価値がある(トーマスリン肥)。製鋼スラグは鉄分、石灰分が多く、焼結原料や高炉への再利用もされるが、崩壊性があるため従来あまり利用されなかった。しかし、近年種々のくふうがなされ、セメント原料や路盤材などに用いられるようになった。近年、鉄分が見直され、海洋の藻場育成の試験が行われてきている。また、製鋼過程の変化により、従来のものとは組成、性質の異なるスラグが生成されるようになるとともに、スラグ量も減少されつつある。
[井口泰孝]
鉄鋼製錬,非鉄製錬における目的金属以外の不純物金属酸化物の混合融体.溶鉱炉,反射炉,転炉,電気炉などの高温炉内で,目的金属溶融体の上に浮かんでたまる.スラグには種々の不純物を吸収する役割があるので,その物理的,化学的性質をコントロールすることが重要である.スラグの組成は,鉄の溶鉱炉(高炉ともいう)では45質量% CaO,40質量% SiO2,15質量% Al2O3であり,鉄の転炉ではCaO-SiO2-FeOが主成分であり,銅の転炉では20質量% SiO2,57質量% FeO,7質量% Cuである.スラグは Ca2+,O2-,Fe2+ などの単独イオンと,SiO44-,AlO2-などの錯イオンの混合体であり,イオンの自己拡散係数,電気伝導度,粘性,表面張力などの物理的性質の測定あるいは成分酸化物の活量などの熱力学的測定も数多く行われている.また,スラグに精錬しようとする金属棒をつけて大電流を通じ,スラグの抵抗発熱によって金属を融解滴下させて精錬を行うエレクトロスラグ再溶解法という技術も発達している.このようにスラグは金属製錬の副産物であり,その再利用は重要である.溶鉱炉からの溶融スラグを水中で急冷すると得られる高炉水砕スラグは,石灰やポルトランドセメントなどアルカリ性物質が共存すると水和して硬化するので,高炉セメント,硬化性道路路型材,住宅用断熱コンクリートなどに再利用できる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ニッケル,コバルトの捕集のためにわざわざスパイスを作ることもある。比重はマットより大きく,鉛の溶鉱炉では軽い順にスラグ(比重4程度),マット(比重5程度),スパイス(比重6程度),金属鉛(比重10程度)の4相が生成する。【増子 昇】。…
…したがって,溶鉄を空気中(P=0.21気圧)で溶解すれば,溶鉄は酸素で飽和し(溶鉄中の酸素溶解度は1600℃で0.23重量%),表面には酸化鉄ができ,長時間放置すればすべて酸化鉄となる。実操業の場合,溶鉄の上には溶けたスラグ相(一般にシリカSiO2,ライムCaO,アルミナAl2O3,酸化鉄FeO,酸化マンガンMnO,あるいはマグネシアMgOなどの酸化物の集合体)がある。これは空気との直接接触を防いだり,酸化物あるいは溶鉄中の炭素,ケイ素,リン,硫黄などの組成調節によって,酸素分圧を適当に制御して,種々の元素を溶鉄相,スラグ相あるいはガス相に移行させ,所定の組成の鉄鋼材料をつくるわけなので,良好なスラグとするにはPの制御がたいへん重要である。…
…
[直接製鉄用原料・反応炉]
鉄鉱石には一般にシリカSiO2,アルミナAl2O3などの不純物が脈石として含まれており,生成した鉄の中にはこれらが分離されずに残るため,この鉄を直接加工して製品にすることはできない。したがって,製鋼用の鉄源とするには,これを転炉,電気炉などでいったん溶解し,不純物をスラグとして除去する。その際,転炉,電気炉内のスラグ生成量が多くならないよう,直接製鉄に用いられる鉄鉱石の鉄分含有量は65%以上が目標とされている。…
…硫黄は二酸化硫黄SO2となるので,ガスから硫酸として回収される。鉄は酸化鉄(II)となり,精鉱中およびフラックスとして加えられるシリカSiO2と結合してスラグ(からみ(鍰))となる。スラグ中のSiO2は30~35%,Feは35~40%で,精鉱中のAl2O3,CaO,MgOなどの脈石成分と,亜鉛と鉛の一部も酸化されてスラグに入る。…
※「スラグ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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