スーパーコンピュータ(読み)すーぱーこんぴゅーた(英語表記)supercomputer

翻訳|supercomputer

日本大百科全書(ニッポニカ) 「スーパーコンピュータ」の意味・わかりやすい解説

スーパーコンピュータ
すーぱーこんぴゅーた
supercomputer

並列計算処理などを活用し、膨大なデータを超高速演算できる大型コンピュータ。略称スパコン。明確な定義はないが、一般的に家庭用のコンピュータ(パソコン)の少なくとも1000倍以上の演算速度があるものをスパコンとよんでいる。

 スパコンは、パソコンと異なり、コンピュータの命令・解読などを行うCPU(中央処理装置)を複数もち、同時(並列的)に複数のタスクを実行する「並列処理機能」をもつ。性能を示す代表的な指標として演算速度があり、1秒間に四則演算を何回できるかで計る。なお、1秒間に1回できることを1FLOPS(フロップス)(Floating-point Operations Per Second)という。

 理化学研究所(理研)と富士通が開発したスパコン「富岳(ふがく)」は、2021年(令和3)3月から本格運用(共用)を開始した。2022年11月時点で、1秒間に44京(けい)2010兆回(442.01PFLOPS(ペタフロップス))の演算を実行している。計算速度を競う世界ランキング「Top500」(ドイツとアメリカで、それぞれ毎年6月と11月に開催されるスパコンの国際会議で公表)では、2020年6月以降4期連続で1位、2022年6月以降2期連続で2位となっている。2022年11月時点での1位(2期連続)はアメリカのヒューレット・パッカードエンタープライズ(HPE)の最新鋭機「フロンティアFrontier」で、計算速度は1秒間に110京2000兆回(1.102EFLOPS(エクサフロップス))を達成した。日本勢としては、先代の富士通のスパコン「京(けい)」(2期)、NECの「地球シミュレータ」(5期)などが過去1位となっている。

[玉村 治 2023年7月19日]

沿革

スパコンは、1960年代から本格的に開発が進められてきたが、世界最初のスパコンは1976年に開発された「クレイ1」である。アメリカのコンピュータ技術者のシーモア・クレイSeymour R. Cray(1925―1996)が手がけた。性能は、160MFLOPS(メガフロップス)(計算速度は1秒間に1.6億回)で、「クレイ1」開発から35年後の2011年に発売されたスマートフォンのiPhone(アイフォーン)4sの性能140MFLOPSと同等の速さしかなかった。以後、CPUの向上などで計算速度は右肩上がりに速くなった。

 日本の最初のスパコンは、1977年(昭和52)に富士通が開発した超高速科学計算用コンピュータ「FACOM(ファコム)230-75APU」である。計算速度は最大22MFLOPSあり、航空宇宙技術研究所(現、宇宙航空研究開発機構:JAXA(ジャクサ))に納入され、流体解析などに用いられた。その後、スパコンの開発競争は激化し、日本政府もスパコン開発に本腰を入れ始めた。計算速度をもとに上位500基のランキングを発表する「TOP500」では、「富岳」を含め日本のスパコンはこれまで6基、延べ17回世界一に輝いている。

 最初の世界一は、1993年(平成5)、航空宇宙技術研究所と富士通が開発したスパコン「数値風洞」である。性能は280GFLOPS(ギガフロップス)(1秒間に2800億回)に達し、1993年11月、1994年11月~1995年11月(1994年6月は2位)に世界一に輝いた。1996年6月には日立製作所が発表した「SR2201」が、同年11月には筑波(つくば)大学と日立製作所が共同開発した「CP-PACS」が世界一の座についた。2002年(平成14)6月には、海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)とNECが開発した「地球シミュレータ」が41TFLOPS(テラフロップス)(1秒間に41兆回)で1位になり、2004年6月まで5回連続1位となった。この成果は、アメリカに衝撃を与え、その後、IBM、クレイ社のアメリカ勢が開発したスパコンが2004年11月~2010年6月までの連続12回トップの座についた。中国の「天河1号A」をはさみ、日本勢がふたたび注目されたのは、2011年6月と11月に世界一になった「京」だった。

 スパコンの世界競争が激化するなか、中国の躍進が目覚ましく、中国の「天河2号」は、2013年6月から6回連続でTOP500のランキング1位をキープ。続いて登場した中国の「神威(しんい)・太湖之光(たいこひかり)」が2017年11月まで4回連続でトップを走った。その後、アメリカIBMの「サミットSummit」が4回連続で首位に立った。

 日本は「京」の後継機として、「京」の100倍の速さを目ざす「富岳」の開発を本格化。2020年6月、試運転中にもかかわらず、1秒間に41.5京回の演算速度を記録して日本勢として2011年11月以来のトップの座についた。その後、速度を44.2京回まで伸ばし、2021年11月まで4期1位を死守したが、2022年6月にアメリカの「フロンティア」(110.2京回)に抜かれた。スパコンの競争は、米中を中心に、日本がその間に分け入る形で熾烈(しれつ)な戦いを繰り広げている。

[玉村 治 2023年7月19日]

性能評価

スパコンの性能評価には、演算速度が大きな要素を占める。その代表的ランキングが「TOP500」である。TOP500は1993年に発足し、スパコンに関する国際会議で、ランキングを年2回(6月、11月)発表している。LINPACK(リンパック)の計算性能を指標として、高速計算できる世界のスパコンの上位500位までをランキングする。

 LINPACKは、アメリカのテネシー大学のジャック・ドンガラJack Dongarra(1950― )によって開発された行列計算による連立一次方程式の解法プログラムである。「富岳」は前述のように、1秒間に44.2京回の演算速度を達成、アメリカの「フロンティア」は「富岳」の約2.5倍の110.2京回を実現している。

 スパコンの理論上の性能(計算速度)をどこまで出せるかを示す指標に「実行効率」があり、「富岳」は2022年11月時点で82.3%。先代の「京」は世界最高水準の最大93.2%を達成していた。ちなみに世界の上位のスパコンの実行効率は平均して約80%である。

 性能を評価する指標には、TOP500以外にも、「HPCG」「HPL-AI」「Graph500」があり、「富岳」はこの3分野のランキングでもそれぞれ世界1位、3位、1位となり、総合的性能でも世界トップクラスを維持している。

 HPCGは、単純な計算速度ではなく、もっと実用面での性能を計ろうと、産業面などで実際にアプリケーションとして使われる連立一次方程式の計算性能を競う。「富岳」は、2020年6月以来6期連続トップの座についている。HPCGランキングも、TOP500同様、J・ドンガラが提案し、2014年11月からランキングが発表されている。

 HPL-AIは、人工知能向けの計算性能を示す。これもJ・ドンガラがLINPACKの解法プログラムを改良したもので、2020年6月に初めてランキングが公表された。「富岳」は2022年11月には3位となっている。

 Graph500は、実社会の現象を再現する、複雑で大規模なグラフ解析の性能を競う。2010年から始まったが、「富岳」は2020年6月以来6期連続1位を獲得している。

 このほかに、スパコンの性能を示す指標としては、消費電力当りの演算処理速度を競う「The Green 500 List」というものがある。TOP500のスパコンを消費電力で割ったランキングで、2007年より発表されている。省エネルギー技術に強い日本勢は、ランキング上位を占めるが、2020年6月、AI(人工知能)開発を手がける日本の「Preferred Networks(プリファードネットワークス)」社が理研や神戸大学と共同開発した、深層学習用の「MN-3」が3期連続でトップに輝いた。2022年11月のランキング1位は、アメリカのレノボ社の「Henri(アンリ)」。MN-3は9位に後退した。このランキングでは、2013年11月に日本のスパコンとして初めて、東京工業大学の「TSUBAME-KFC」がトップになっている。

[玉村 治 2023年7月19日]

富岳

「富岳」は、「京」の反省を踏まえ、計算速度より使い勝手のよさを目ざして開発された。「京」の心臓部に使われたCPUは、富士通製のCPUの基本設計を活用したため、それを動かすための基本ソフト(OS)が限られ、利用者が専用のプログラムを構築する必要があったからである。そのため、「富岳」の開発にあたっては、CPUの基本設計が見直され、スマートフォンなどのCPUにも使われるイギリスのアーム社のCPUの基本設計を採用。OSも多くの企業や研究所などで使われるリナックスを搭載することで互換性を高めた。「富岳」はパソコンなどでだれもが使っているソフト、たとえばパワーポイントなども使えるようになったほか、AI研究やビッグデータ処理などにも対応できる機能を盛り込んだ。

 「富岳」は、日本が目ざす「Society(ソサエティ) 5.0」を実現するためのHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)として期待される。Society 5.0とは、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に次いで構築される社会である。IoT(モノのインターネット)、ロボット、AI、ビッグデータなどの新たな技術を活用して産業、社会生活の変革、発展を目ざすもので、政府の第5期科学技術基本計画において日本が目標とすべき社会の姿として提唱された。

 「富岳」は、432の筐体(きょうたい)(専用棚=ラック)から構成され、一つの筐体には最大384個のCPUが入っている。合計15万個以上のCPUをネットワークで結んで最適に制御することで、大量データの高速計算が可能となった。

 「富岳」の名前は、海外でも知名度の高い富士山の異称である。日本最高峰の富士山の高さは、「富岳」の性能の高さを、その美しい裾野(すその)の広がりには、ユーザーの広がりの意味を込める。開発費用は、約1300億円(国費1100億円、民間投資200億円)。

[玉村 治 2023年7月19日]

「富岳」の用途

「富岳」は、現代社会が抱えるさまざまな課題と、科学分野における問題の解決を目ざす。

 「富岳」が本格運用される前に、文部科学省の委員会で重点的に取り組む課題が検討され、以下の5分野9課題が選定された。

〔A〕健康長寿社会の実現 (1)革新的創薬基盤の構築、(2)個別化・予防医療を支える統合計算生命科学
〔B〕防災・環境問題 (3)地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築、(4)観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化
〔C〕エネルギー問題 (5)エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発、(6)革新的クリーンエネルギーシステムの実用化
〔D〕産業競争力の強化 (7)AIなど次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成、(8)近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発
〔E〕基礎科学の発展 (9)宇宙の基本法則と進化の解明
 「富岳」は、「京」同様に政府系の研究機関だけでなく、大学、民間企業も利用できる。2020年7月に策定された「富岳」の利活用の基本方針によれば、大学・研究機関などの一般利用が40%、民間企業の産業利用が15%、社会の問題解決などに役だてる成果創出加速プログラムに40%、残りが政策対応などとなっている。

 たとえば、新型コロナウイルス感染症(COVID(コビッド)-19)に関して、その治療や対策などに生かせる研究が成果をあげてきた。治療分野では、ウイルスの構造を分析し、2000種を超える既存薬のなかから、ウイルスの増殖に必要なタンパク質の働きを抑える候補物質を数十種類に絞り込むことに貢献した。選ばれた薬のなかには、抗寄生虫薬のニクロサミド、ニタゾキサニドなど12種があり、これらはすでに臨床試験が始まっているものだった。

 社会的な側面からは、室内環境でマスクや衝立(ついたて)の有無で、ウイルス飛沫(ひまつ)がどのように拡散するかを分析。マスクの重要性や、換気が効果的であることなどがシミュレーションされ、結果が実際に政府の新型コロナ対策にも生かされた。

 ほかにも、ゲノム解析を利用して、ひとりひとりどんな治療法が効果的なのかを調べることや、心臓の動きをシミュレーションして、薬の効き方を調べることなどに利用されている。防災分野では、中長期予報の予測精度向上のための研究や、地震による被害予測などの研究も進んでいる。エネルギー分野では、核融合、燃料電池の研究に応用されている。

 「富岳」と、国内の大学や国立研究機関などを結んだ学術情報ネットワーク「SINET6(サイネットシックス)」を結び、共同研究の推進や研究の裾野拡大につなげる試みも始まっている。

[玉村 治 2023年7月19日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スーパーコンピュータ」の意味・わかりやすい解説

スーパーコンピュータ
supercomputer

同時代のなかでぬきんでて高速の処理能力をもつコンピュータ。スパコンと略される。定義は必ずしも明確ではなく,個人で使用する端末のパーソナル・コンピュータや,複数台の端末が接続して利用するワークステーションサーバなどよりもさらに高性能のものをいう。たいていは,大学などの共用機関に設置され,多数の端末で共同利用される。計算性能も,同時代の最高技術(半導体素子,装置実装,冷却,アーキテクチャ,システムソフトウェアなど)を用いて設計され,単体でもパーソナル・コンピュータの 10倍程度になるが,さらに数百個規模で並列化することでシステムとしては 1000倍以上に増強でき,地球規模の気候変動を予測するシミュレータ(→コンピュータ・シミュレーション)や生体のタンパク質と化合物との相互作用を予測する創薬研究などに役立てられている。そうした並列化によって組み立てられた個々のシステムについてもスーパーコンピュータと呼ぶ(→超並列コンピュータ)。歴史的に,CDC 6600/7600,IBM 360/195,ILLIAC IV,TI ASC,STAR-100などが知られており,日本では海洋研究開発機構の地球シミュレータや理化学研究所の京(けい),富岳が性能世界ランキングで 1位になった。

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