日本大百科全書(ニッポニカ) 「セッコク」の意味・わかりやすい解説
セッコク
せっこく / 石斛
[学] Dendrobium moniliforme (L.) Sw.
ラン科(APG分類:ラン科)の常緑多年草。山中の樹上や岩石に着生する、一種の気生ラン。茎は棒状で直立または半懸垂状に群生し、高さ5~25センチメートル。緑色または緑褐色で、多くの節がある。葉は厚肉で光沢のある濃緑色、茎の上位に互生する。葉身は広披針(こうひしん)形で長さ4~6センチメートル、先は丸く、基部は長鞘状となって茎を包む。2~3年で落葉し、5~6月、各節に径2~3センチメートルの花を開く。普通は白色花であるが、淡紅色種もある。萼片(がくへん)、花片はともに長楕円(ちょうだえん)形、唇弁は3裂し、側裂片は短く円形、中裂片は卵形で反り返る。東北地方南部から沖縄、朝鮮半島、台湾、中国に分布する。
セッコク属は約1000種からなる大きな属で、おもにアジアの熱帯から亜熱帯に分布する。
栽培はミズゴケ単用で小形の鉢に半分ほど小石などを入れ、根をミズゴケで巻いて植え込むがバークでもよい。冬は霜よけをする。庭木に付着させて観賞することもできる。
[猪股正夫 2019年5月21日]
文化史
中国では古来薬用にされ、『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』(500ころ)に、石斛は長く飲用すれば腹をじょうぶに、胃を軽くし、長生きできると載る。日本でもっとも古い記録は『出雲国風土記(いずものくにふどき)』(713)で、意宇(おう)郡の産物のなかに石斛の名がみえる。『延喜式(えんぎしき)』(927)には伊豆、美濃(みの)が産地としてあがる。当時は『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918ころ)や『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(931~938ころ)に須久奈比古乃久須禰(すくなひこのくすね)(少彦の薬根)や以波久須利(いはくすり)(岩薬)とよばれ、薬に使われていたことがわかる。江戸時代には観賞栽培され、『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1695)に石蔛(せっこく)とせきこくの名があがる。江戸後期には長生草(ちょうせいそう)や長生蘭(らん)とよばれ、茎葉の変わり物が流行した。1835年(天保6)京都平安の秋尾亭(あきおてい)主人が出した『長生草』には55もの品種が載るが、花を観賞対象にするのは5品種にすぎない。明治時代にもブームは続き、1890年(明治23)に名古屋で出版された『長生草見立鑑(ちょうせいそうみたてかがみ)』には130品種を数え、現在も100ほどの品種がある。
[湯浅浩史 2019年5月21日]