日本大百科全書(ニッポニカ) 「タイポグラフィ」の意味・わかりやすい解説
タイポグラフィ
たいぽぐらふぃ
typography
印刷物の体裁に影響を及ぼす、文字の書体、大きさ、配列のしかたなど、視覚効果の総称。もともと、(1)活字で組版すること、(2)活版印刷、(3)活版印刷されたものの体裁、などを意味した。近代印刷術のうち活版がもっとも早く発達、普及したので、印刷術全般およびその表現をさすことばであった。しかし、のちに印刷術はしだいに多様化し、その用途も広くなり、タイポグラフィは現代では活版のみならず、写真植字(写植)、電子技術による印字なども含めて文字組版一般の視覚的な処理をいうことが多い。その意味で、文字を生かした「レイアウト」や「グラフィック・デザイン」と同義語として考えられるようになっている。
印刷物、とくに書物では、15世紀に発明された鉛活字による西洋活版術以前に、写本、木版などでかなり高度なデザイン様式が発達し、タイポグラフィの源流がみられる。それらの様式は、活字とともに本文の組版、表紙、扉のデザインなどにおいても今日までその基本が伝えられているが、タイポグラフィはおもに活字書体の変遷とともに発達してきたといえよう。その技術は、ビラ、ポスター、ラベル、各種カード、案内状、レターヘッドなど、時代とともに、目的に応じて、活字の書体・大きさの選択、レイアウトの決定など視覚的表現として発達したが、それらは主として印刷技術者によって行われてきた。
近代タイポグラフィは19世紀末にウィリアム・モリスによって基礎が見直され、20世紀に入ってハーバート・バイヤーHerbert Bayer(1900―85)、ヤン・チヒョルトJan Tschichold(1902―74)などによってデザイン領域の仕事として確立された。そのなかで、書籍、ポスター、パッケージ、ダイレクトメールなどさまざまな分野に広がったタイポグラフィには、グラフィック・デザインとしての文字の選択やレイアウトなど、ことばの視覚的表現ともいえる機能が要求され、ロゴタイプ、シンボルマーク、絵文字などもその対象として考えられるようになった。現代ではさらに、技術革新のなかで、テレビや映画などの映像によるもの、コンピュータ技術を使った新しい視覚伝達媒体によるものなど、タイポグラフィの新しい分野が開拓されつつある。
日本では数千に及ぶ漢字の存在や、漢字仮名交じり文など複雑な表記事情によって活字書体も少なく、タイポグラフィの展開は欧米に比べて遅れていたが、1950年代に登場した写植や、1980年代以降衰退した活版印刷にかわるさまざまな印刷技術の発達に伴い、新書体デザインの開発も盛んになり、デザインの分野としても確立しつつある。
[小塚昌彦・武井邦彦]