改訂新版 世界大百科事典 「チーグラー触媒」の意味・わかりやすい解説
チーグラー触媒 (チーグラーしょくばい)
Ziegler catalyst
エチレンをたやすく重合させてポリエチレンにすることのできる触媒で,トリエチルアルミニウム(C2H5)3Alと四塩化チタンTiCl4との反応混合物である。広義には,これと似た有機金属化合物と遷移金属化合物から成る重合反応触媒をチーグラー触媒と呼んでいる。
エチレンの重合によって得られるポリエチレンはプラスチックとして有用な高分子であるが,エチレンの重合は比較的起こりにくく,高温・高圧における重合反応が工業的に行われてきた(高圧法ポリエチレン)。1950年代の半ばにドイツのK.チーグラーは,有機アルミニウム化合物の反応の研究の途上,偶然のことからエチレンを常温・常圧でも容易に重合させることのできる触媒を発見した。発端は,トリエチルアルミニウムとエチレンの反応に対し,反応容器に偶然汚れとして付着していたニッケルが著しい影響を示したことである。ニッケル以外の種々の遷移金属の化合物の効果を検討したなかで,トリエチルアルミニウムと四塩化チタンの混合系によってエチレンの重合が容易に起こることがわかったのである。
この発見はイタリアのG.ナッタによって発展させられ,それまで非常に重合しにくいとされていたプロピレンが,類似の触媒であるトリエチルアルミニウム-三塩化チタン系(チーグラー=ナッタ触媒Ziegler-Natta catalyst)によって容易に重合することがわかった。とくに,この重合反応で得られるポリプロピレンは立体的にきわめて規則正しい分子構造をもつことがわかり,そのようなポリマー(重合体)--立体規則性ポリマーという--を与える反応,すなわち立体特異性重合という,それまでになかった新分野がひらかれた。これらの業績によってチーグラーとナッタは1963年にノーベル化学賞を受けた。
チーグラー触媒によるポリエチレン(低圧法ポリエチレン)は,それまでの高圧法ポリエチレンと異なり,その分子に枝分れがほとんどなく,密度が高いなど特徴のある性質をもっており,工業的に生産されている。またポリプロピレンは,その立体的に規則正しい構造のため結晶性であり,繊維やプラスチックとして有用な性質を示し,これも工業的に製造されている。このように基礎的にも実用的にもきわめて興味深い触媒であるので,類似の触媒系の探索,改良や,エチレン,プロピレン以外のモノマー(単量体)の重合反応への展開は多数の研究者により精力的に行われた。表にチーグラー触媒における有機金属化合物と遷移金属化合物の組合せの例を示す。エチレン,プロピレンの重合触媒については,チーグラー触媒を担体に担持させた非常に高い活性のものが開発されている。またブタジエン,イソプレンをチーグラー触媒で重合させたポリマーは合成ゴムとなる。
エチレン,プロピレンのようにふつう重合しにくいモノマーがチーグラー触媒によって容易に重合するのは,これらのモノマーが触媒中の遷移金属原子に配位して活性化されるからであり,立体特異性の反応となるのもこの配位のためである。これらのことから,チーグラー触媒の発見は遷移金属化合物化学の発展の強い動機となり,高分子化学だけでなく有機合成化学,触媒化学などの広い分野に大きい影響を及ぼしてきたといえる。
執筆者:井上 祥平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報