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ティントレット ティントレット Tintoretto

翻訳|Tintoretto

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ティントレット
ティントレット
Tintoretto

[生]1518.9/10. ベネチア
[没]1594.5.31. ベネチア
イタリアの画家。本名 Jacopo Robusti。染物師 tintoreの息子であったため tintoretto (小染物師) の名がついた。 P.ベロネーゼとともに爛熟期のベネチア派の代表者。

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デジタル大辞泉の解説

ティントレット(Tintoretto)

[1518~1594]イタリアの画家。ベネチア派ティツィアーノの色彩とミケランジェロデッサンを学ぶ。強烈な明暗の対比と動感あふれる表現を特色とし、晩年はマニエリスムの傾向を強めた。作「聖マルコの奇跡」など。

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百科事典マイペディアの解説

ティントレット

イタリア・ルネサンスのベネチア派の画家。本名ヤコポ・ロブスティJacopo Robusti。ベネチア生れ。若いころティツィアーノの門に入り,後に〈ティツィアーノの色彩とミケランジェロのデッサン〉を目標として複雑な画面構成,劇的な動感,激情的で豊麗な色彩によるバロック絵画に近い大胆な様式に達した。
→関連項目グレコプラド美術館ベロネーゼ

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世界大百科事典 第2版の解説

ティントレット【Tintoretto】

1518‐94
イタリアの画家。ベロネーゼと並んで16世紀後半のベネチア派を代表する巨匠。本名ヤコポ・ロブスティJacopo Robusti。染織職人(ティントーレtintore)の息子として生まれたところから〈ティントレット〉と通称される。修業時代については不明な部分が多い。ティツィアーノの工房で短期間働き,次いでポルデノーネG.A.PordenoneやサルビアーティスキアボーネSchiavoneらの北イタリアマニエリスム画家から感化を強く受けて自己の画風を形成したものと思われる。

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大辞林 第三版の解説

ティントレット【Tintoretto】

1518~1594) イタリアの画家。逆光線による明暗の強い対比や動的な表現でバロック様式の先駆的作風をみせ、エル=グレコやベラスケスなどに強い影響を及ぼした。代表作「キリスト磔刑」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ティントレット
てぃんとれっと
Tintoretto
(1518―1594)

イタリアの画家。本名はヤコポ・ロブスティで、ティントレットの通称は父親の職業である染物屋(ティントーレ)にちなむ。老ティツィアーノ、やや若年のベロネーゼとともに、16世紀後期のベネチア画壇における中心的人物であった。17世紀の文献は、彼がティツィアーノのもとに入門したのもつかのま、その素描の一つが師の目に留まるや、すぐさま工房から放逐されたと記しているが、その芸術形成期の歩みはつまびらかではない。これも文献の語るところによれば、ティントレットは工房内に「ミケランジェロの素描とティツィアーノの賦彩(ふさい)」というモットーを掲げていたらしい。確かにティツィアーノの賦彩法はティントレットの芸術の一つの出発点であったし、ミケランジェロやマニエリスムの様式を学んだ形跡がある。しかしその作品に顕著なのは、このような他者への依存ではなく、強烈な明暗の対比や、遠近法および短縮表現の効果的使用によってドラマチックな表現を生み出す大いなる独創性である。ベネチアの外に広く顧客を擁したティツィアーノとは異なり、ティントレットはベネチアに生まれ、その活動は終生ほとんど同市の外に及ぶことはなかった。一生の間におびただしい数の作品が荒々しくすばやい筆で制作されたが、娘のマリエッタ(1556生まれ)、息子のドメニコ(1560生まれ)、マルコ(1561生まれ)も画家となり、父の工房にあって、その活動を支えた。
 1539年にはすでに独立した画家であったティントレットは、48年に聖マルコ信心会のために『キリスト教徒の奴隷を救う聖マルコ』(ベネチア、アカデミア美術館)を描き、一部の批判的な反応をも含めて、世人をして瞠目(どうもく)せしめた。62~66年にはふたたび同信心会のために聖マルコの奇蹟(きせき)を扱った作品3点を描いている。その最大の仕事は64年以降、約25年間に制作された聖ロッコ信心会本部(スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ)を飾る50点以上のカンバスである。最晩年には、パッラディオにより建設されたばかりのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂を『最後の晩餐(ばんさん)』(1592~94)などの作品で飾った。[西山重徳]
『坂本満解説『ファブリ世界名画全集78 ティントレット』(1973・平凡社)』

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世界大百科事典内のティントレットの言及

【ベネチア派】より

…フィレンツェにおいては建築,彫刻,絵画が相互に有機的な関連をもって発展し,むしろ前二者が絵画を主導したのに対し,ルネサンス期ベネチアの美術の最も重要な特徴は,わずかな例外(建築のコドゥッチM.Coducciや彫刻のリッツォA.Rizzo等)を除いて,もっぱら絵画の分野において独自の発展と豊饒な歴史的成果の達成が見られたことであろう。ベネチア派はしたがって絵画的流派であり,またその代表的な芸術家(ジョバンニ・ベリーニからジョルジョーネ,ティツィアーノ,ティントレット,ベロネーゼまで)もフィレンツェ派の知的理論的で多能な天才たち(アルベルティからレオナルド・ダ・ビンチ,ミケランジェロまで)とはまったく異なり,もっぱら感覚本位の専業画家であった。 ベネチア派の〈絵画的〉特性はさらに絵画自体の特質をも規定している。…

【マニエリスム】より

…フランドルのP.ブリューゲル(父)は,世界と人間に対するシニカルな見解とその世界像をアレゴリーによって表す複雑な主題性において,この潮流の中に加えられよう。第3の傾向は,主としてベネチアに繁栄した独自の絵画であり,ティツィアーノ,ベロネーゼ,ティントレットがこれを代表する。ティツィアーノとマニエリスムとの関係は論議中であるが,彼の作品は16世紀の半ばをすぎるにつれて宗教的情熱が強烈となり,自由なタッチによる大胆な絵画的表現が強まるとはいえ,最後まで合理性と自然らしさの枠を超えることのなかったことからみて,むしろ〈プレ(先期)・バロック〉的傾向とみるほうがふさわしい。…

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