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テルアビブ建設100周年 てるあびぶけんせつひゃくしゅうねん

知恵蔵の解説

テルアビブ建設100周年

2009年は、テルアビブの市制が施行されてから100周年にあたり、さまざまな記念イベントが年末まで市内各所で行われる。4月4日には、「Happy Birthday Tel Aviv!」と題してテルアビブ建設100周年を記念する大規模なコンサートや、祝賀行事が行われた。
イスラエルの中西部、地中海に面する都市テルアビブヤッフォは、南にある古くからの港町ヤッフォとその北から東に広がる近代都市テルアビブが50年に統合されてできたイスラエル第2の都市で、経済・金融・文化の中心である。
この100周年は、単に1都市の市制100周年にとどまらず、後の建国につながるイスラエル再建のスタートラインとしての大きな意味を持っている。1909年にユダヤ人移民によってテルアビブが建設され始めたときには、ただの荒涼とした砂丘であった。テルアビブとは旧約聖書にある地名で、ヘブライ語で「春の丘」を意味する。ユダヤ人の間で、「シオン」(エルサレムにある丘の名)の地に帰ろう、すなわち祖国イスラエルを再建しようというシオニズム運動が高まる中、テルアビブは市域を拡大していった。第1次世界大戦の影響でパレスチナの支配下に入るなどの曲折を経て、17年のイギリス支配時代から入植が再開された。ナチス・ドイツの迫害から逃れたユダヤ人の移住などにより急速な発展を遂げ、48年のイスラエル建国時には臨時首都にもなった。
イスラエルは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の共通の聖地であるエルサレムを49年に首都としたが、エルサレム東部はパレスチナ自治政府が領有権を主張し、独立後の首都にすると定めている。これらのことから、国連をはじめ国際社会はエルサレムを首都とは認めず、代わりにテルアビブヤッフォをイスラエルの首都とみなしている。

(金谷俊秀 ライター / 2009年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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