尿路感染症

内科学 第10版 「尿路感染症」の解説

尿路感染症(臓器別感染症)

定義・概念
 尿道,膀胱,尿管,腎盂,腎実質が構成する尿路系において,主として逆行性にGram陰性桿菌が感染して生じる疾患.尿道,膀胱,尿管は下部尿路,腎盂,腎実質が上部尿路を構成する.広義には男性の前立腺炎なども含まれる.
分類
 感染部位に注目すると,尿道炎,膀胱炎の下部尿路感染症,腎盂腎炎腎周囲膿瘍などの上部尿路感染症と分類できる(Bentら,2009).
 また,単純性と複雑性という分類もある.単純性は,機能的にも解剖学的にも正常な尿路系で起こるもの.複雑性は,機能的もしくは解剖学的に異常のある尿路系で起こるもの.異常としては,多発囊胞腎,尿路結石神経因性膀胱,糖尿病,免疫能低下状態,妊娠,尿道カテーテル留置などがある(Bentら,2009).ほかにも,前立腺肥大症による排尿障害などもリスクとなる.
 また,無症候性細菌尿というカテゴリーも存在し,生殖年齢にある女性の約5%にみられる(Bentら,2009).定義は,女性の場合は,同じ細菌による105 cfu/mL以上の細菌尿が2回連続で認められること.男性の場合は,中間尿で1種類の細菌による105 cfu/mL以上の細菌尿が認められること.尿道カテーテル留置中の場合は,性別によらず1種類の細菌による102 cfu/mL以上の細菌尿が認められることとなっている(Nicolleら,2005). 気腫性膀胱炎や気腫性腎盂腎炎のようなガス産生性の疾患も存在するが,糖尿病を基礎疾患にもつことが多い.
原因・病因
 原因菌としては,Gram陰性桿菌,特に大腸菌によるものが圧倒的に多い.市中感染の場合には,ほかにKlebsiella pneumoniaeやプロテウス(Proteus)属によるものが多い.若年女性ではStaphylococcus saprophyticusが原因となることもある.院内発症の場合には,尿道カテーテル留置がリスクになり,大腸菌以外にも緑膿菌,腸球菌,カンジダ属菌などが原因菌となる. 感染は尿路系を逆行していくが,尿路系に機能的,解剖学的異常があると感染のリスクが上がる.また,女性の場合,性行為も尿路に細菌が侵入する原因となる.
臨床症状
1)自覚症状:
排尿時違和感,頻尿,尿意切迫感,恥骨上部不快感などは下部尿路感染症にみられ,悪寒,患側の背部痛が出現すると上部尿路感染症を示唆する.
2)他覚症状:
発熱(膀胱炎の場合には,発熱がないのが典型的),腹部圧痛,脊柱肋骨角(CVA)叩打痛などが上部尿路感染症でみられる.
検査成績
  尿定性・沈渣で白血球亜硝酸塩を認める. 尿中Gram染色で白血球ならびに原因菌が観察され,尿・血液培養で原因菌が検出される.特に,中間尿もしくはカテーテル尿の培養で,1種類の細菌による105 cfu/mL以上の細菌尿を認める.下部尿路感染症の場合には,診断のための細菌尿の基準を102 cfu/mL以上まで低くすることも提唱されている(Bentら,2009). 血液検査で白血球数増加,左方移動,生化学検査でBUN,Crの上昇が認められる. 水腎症の場合,腹部エコーならびに腹部CTで異常が認められる.
診断
 女性の尿路感染症については,図4-2-1のような診断アルゴリズムが提唱されている(Bentら,2009).
鑑別診断
 膣炎や性感染症との鑑別が難しいことも多い.また,背部痛から膵炎を鑑別に考えることもある.
合併症
 腎周囲膿瘍,菌血症.
治療
 原因菌や薬剤感受性のわからない段階でまず治療をしなければならないことが多い(経験的治療empiric therapy).米国感染症学会のガイドラインでは,想定する細菌が抗菌薬に対して,膀胱炎では80%以上,腎盂腎炎では90%以上感性であると期待できることがempiric therapyに用いる抗菌薬の条件としている(Guptaら,2011).この場合,大腸菌をまずターゲットと考え,それをカバーするフルオロキノロン系抗菌薬が投与されることが多い.しかし,最近,フルオロキノロン系薬に耐性の大腸菌が増加傾向にある.実際,米国感染症学会のガイドラインでは,単純性膀胱炎の治療薬としてST合剤などが第一選択薬,フルオロキノロン系薬は第二選択薬となっている.単純性腎盂腎炎の場合には,フルオロキノロン系薬は第一選択になっているが,90%以上感性であることが期待できない場合には,第3世代セフェム系薬のセフトリアキソンが推奨されている.経口でのβラクタム薬は推奨されていないが,ST合剤については細菌が感性であれば経口でも選択肢になりうる.
 院内発症の場合には,緑膿菌などの耐性度の高いGram陰性桿菌をカバーするために第4世代セフェム系薬などを考慮する.尿のGram染色などで腸球菌やカンジダ属菌の関与が疑われる場合には,バンコマイシンやフルコナゾールなどを検討することになる.その後,培養や薬剤感受性検査の結果が出たら,必要に応じて最適な抗菌薬へと変更する(最適治療defenitive therapy).
予防
 尿道カテーテルを留置している場合には,1日経つごとに細菌尿となる割合は3~8%上がっていく.尿道カテーテルの留置が必要かを常に評価しながら,不要な場合には抜去することが尿路感染症を予防するうえで非常に大切である(Hootonら,2010).[松永直久]
■文献
Bent S, Nallamouthu BK, et al: Does this woman have an acute uncomplicated urinary tract infection? In: The Rational Clinical Examination. (Simel DL, Rennie D, eds), pp675-685, McGraw-Hill, 2009.
Gupta K, Hooton TM, et al: International clinical practice guidelines for the treatment of acute uncomplicated cystitis and pyelonephritis in women: A 2010 update by the Infectious Diseases Society of America and the European Society for Microbiology and Infectious Diseases. Clin Infect Dis, 52:e103-e120, 2011.
Hooton TM, Bradley SF, et al: Diagnosis, prevention, and treatment of catheter-associated urinary tract infection in adults: 2009 international clinical practice guidelines from the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis, 50:625-663, 2010.
Nicolle LE, Bradley S, et al: Infectious Diseases Society of America guidelines for the diagnosis and treatment of asymptomatic bacteriuria in adults. Clin Infect Dis, 40: 643-654, 2005.

尿路感染症(その他の腎・尿路疾患)

 尿路感染症は呼吸器感染症についで頻度が高い.尿路感染症は腎,腎盂,尿管の上部尿路感染症と,膀胱,尿道の下部尿路感染症に区別される.また尿路に異常の存在しない単純性尿路感染症と,何らかの泌尿器科疾患あるいは糖尿病など易感染性を生じる基礎疾患を有する複雑性尿路感染症に分けられる.女性は外尿道口が膣前庭に開口して汚染を受けやすいことと尿道が短いことから,単純性尿路感染症の頻度が高い.幼小児期の尿路感染症は尿路奇形に起因することが多い.また高齢者では下部尿路の通過障害や合併症を背景とする複雑性尿路感染症が多くなる.単純性尿路感染症の原因菌の多くは大腸菌である.複雑性尿路感染症では起因菌について再発,再燃,慢性化がみられやすく基礎疾患の治療も必要となる.[久末伸一・堀江重郎]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「尿路感染症」の解説

尿路感染症
にょうろかんせんしょう
Urinary tract infection
(お年寄りの病気)

 尿路感染症とは、腎臓、腎盂(じんう)、尿管、膀胱(ぼうこう)、尿道、前立腺(ぜんりつせん)精巣(せいそう)副精巣(ふくせいそう)などの尿路の非特異的感染を総称した名称です。高齢者では、加齢に伴う膀胱の排尿機能の低下による残尿の増加と感染防御機構の減弱が根底にあり、そこにさらに、表15のような尿路の異常が合併すると、外尿道口から細菌が逆行して尿路管腔内へ侵入し、容易に感染を引き起こすようになります。

 このため、単一の細菌による感染は少なく、大部分は複数菌による「慢性複雑性尿路感染症(まんせいふくざつせいにょうろかんせんしょう)」として発症しています。細菌としては、大腸菌をはじめプロテウス菌、そのほかのグラム陰性桿菌(かんきん)が多く認められています。前述のとおり、高齢者は免疫能が低下しており、ほとんどは難治性で慢性に経過します。また、しばしば致命率の高い敗血症(はいけつしょう)へ移行する点が重要です。

検査と診断

①細菌尿、膿尿(のうにょう)

 尿沈渣(ちんさ)の所見で、白血球増多が認められた場合、本感染症を疑います。また、中間尿の細菌培養をして、尿lmlあたり105個以上の細菌コロニーが観察されれば、確定診断となります。同時に、細菌の同定と薬剤感受性試験を行います。

②細胞診

 血尿が認められた場合は、慢性に経過する感染症の背景に炎症、結石以外に悪性腫瘍性(あくせいしゅようせい)疾患がないかを診る目的で悪性細胞の有無を調べます。

③超音波検査

 腎臓、膀胱の腫瘤性(しゅりゅうせい)病変、水腎症(すいじんしょう)、結石、残尿の有無などを調べます。異常があれば、以下の検査に進みます。

④X線、CT、静脈性尿路造影、膀胱鏡検査など

 これらの検査は、泌尿器科の専門医に依頼します。

予防の方法

 まず尿路の異常を引き起こしている原因が治療可能な場合は、その治療を優先します。

 尿道の留置カテーテルが必要な場合は、留置期間をできる限り短くし、閉鎖式の管理を行います。おむつは極力避けることが賢明です。外陰部や外尿道口は常に清潔に保っておくことが大切です。残尿がある場合は尿道カテーテルによる間欠性導尿(かんけつせいどうにょう)を行います。導尿操作は十分な消毒を行って、人為的な新たな感染を起こさないよう注意します。

 尿失禁のある場合は一定時間毎に自己排尿を促すよう誘導を行います。寝たきりの場合、褥瘡(じゅくそう)予防のための体位変換とともに、上体を起こして腎から膀胱への尿流が良好に保てるように心がけ、自立排尿ができるように採尿器の設置やトイレヘの居住環境を整えることも大切です。

 以上によって、尿の停滞を可能な限り回避しておくことが肝要です。

治療の方法

 抗生剤は、発熱、腎部疼痛などの症状のない場合は使用すべきでなく、長期間続けることは、メチシリン耐性(たいせい)黄色ブドウ球菌MRSA)や緑膿菌(りょくのうきん)などの耐性菌感染症(コラム)や真菌(しんきん)などへの菌交代症(コラム)をまねくおそれがあるので注意が必要です。細菌尿、膿尿が認められても症状がなければ、抗生剤の投与を行わないことが原則になっています。月1回程度の尿検査と尿の細菌学的検査を行って経過観察し、急性増悪時に備えておくことが重要です。

 無症候性であっても、65歳以上の高齢者の約30%に細菌尿が認められ、一度感染症が成立すると完全治癒は一般に困難とされています、感染症自体の増悪(ぞうあく)による腎機能低下の予防管理と敗血症への移行の防止が最も重要です。

高崎 優


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「尿路感染症」の意味・わかりやすい解説

尿路感染症
にょうろかんせんしょう

腎臓(じんぞう)、膀胱(ぼうこう)、尿道などの尿路にみられる細菌感染症の総称。この場合、結核菌などによる特異性感染症は一般に含まれず、非特異性細菌感染症のみをさすと考えてよい。また、男性の尿道炎は淋菌(りんきん)性尿道炎など性病としての性格が強いため、尿路感染症とは別に扱われる。したがって、一般に尿路感染症といった場合は、おもに腎盂(じんう)腎炎(代表的な上部尿路感染症)と膀胱炎(代表的な下部尿路感染症)をさすと考えてよい。感染症としては、呼吸器感染症に次いで頻度の高い疾患である。

 経過により急性と慢性に、また感染を引き起こす基礎疾患の有無により、基礎疾患のない単純性と、基礎疾患のある複雑性とに分けられるが、一般に単純性尿路感染症は急性の経過をとることが多く、また20~30歳代の女性に多い。一方、複雑性尿路感染症は慢性の経過をとることが多く、基礎疾患としては尿路結石、水腎症、膀胱腫瘍(しゅよう)、膀胱尿管逆流、神経因性膀胱、前立腺(せん)肥大症などが多いため、いずれの年齢にも発症がみられるが、一般には高齢者に多く、また若干男性に多い。

 原因菌は急性尿路感染症では大腸菌が多いが、慢性尿路感染症では大腸菌のほかに肺炎桿(かん)菌、変形菌、レイ菌、緑膿(りょくのう)菌、腸球菌など多種にわたる。尿路への感染経路としては血行性感染、リンパ行性感染、周囲臓器からの直接感染などもあるが、大多数は上行性感染であり、この場合の感染源としては尿道、腟(ちつ)、腸内などの常在細菌叢(そう)が重要である。

 診断には膿尿と細菌尿の存在が重要な指標となる。一般に、遠心分離機にかけて上澄みを除いたあとに残ったもの(尿沈渣(ちんさ))を顕微鏡検査して、400倍の視野に5個以上の白血球が認められれば膿尿と考え、尿路感染症を疑ってよい。また、尿1ミリリットル中に10万個以上の細菌が認められた場合には細菌尿と考えてよく、尿路感染症と判断される。膿尿と細菌尿から尿路感染症が診断されれば、腎盂腎炎と膀胱炎の鑑別のための部位診断、さらに基礎疾患の有無についての検索も必要となる。

 治療は抗生物質などによる化学療法が中心となるが、基礎疾患を有する複雑性尿路感染症では一般に難治であり、また再発をしばしばみるため、基礎疾患に対する治療が感染を根絶するうえで重要である。化学療法剤としてはペニシリン、セファロスポリン、アミノ配糖体系の抗生物質などが繁用される。

[河田幸道]

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改訂新版 世界大百科事典 「尿路感染症」の意味・わかりやすい解説

尿路感染症 (にょうろかんせんしょう)
urinary tract infection

尿路すなわち腎臓,尿管,膀胱,尿道の細菌感染症をいう。原因菌は,大腸菌,プロテウス菌のようなグラム陰性杆菌や,ブドウ球菌,連鎖球菌のようなグラム陽性球菌のことが多い。結核菌や淋菌などによって起こる尿路感染症は,それぞれ独特の症状と経過をとるため,尿路の特異的感染症と呼び区別される。症状の経過によって急性と慢性に大別される。前者は急激に発症し短い経過で完全に治癒するが,後者では長びき一進一退をくり返したり,いったん治癒してもすぐ再発したりする。後者では,腎臓でできた尿が尿管,膀胱,尿道へと流れていく途中に,この自然な流れを妨げる病変や結石などが存在し,これが慢性化の原因となっていることが多い。病原菌が尿路へ進入する経路には,上行性感染,血行性感染,リンパ行性感染などが考えられている。上行性感染は,たとえば尿道や膀胱の菌が尿管を逆行して腎臓に到達するなど,病原菌が尿路を遡行して感染するもので,最も多い経路とされている。血行性感染やリンパ行性感染は,身体の他部位の感染巣から血流やリンパ流によって菌が尿路に運ばれるもので,できものや骨盤内の感染症などが原因となることがある。感染が尿路のどの部位に起こるかによって,腎盂腎炎(じんうじんえん),腎膿瘍,腎周囲炎,腎周囲膿瘍,膀胱炎,尿道炎などに分けられ,発熱,痛み,頻尿,排尿痛などの症状がそれぞれに特有なかたちで現れる。しかし,共通して尿中に原因となる菌がみつかり,膿球(白血球)がまじって尿は混濁する。本症は尿の顕微鏡検査と細菌培養検査で膿球と起炎菌を証明することによって診断される。治療は抗生物質などを使う化学療法を中心とする。適切な化学療法によって大部分は完全に治癒するが,前述のような慢性化の原因疾患を合併している場合には,化学療法のみでは完全に治癒しないことが多い。このような場合には,たとえば結石の摘出手術などを行い,慢性化の原因を除去することが必要である。
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