ディオニュシオス(その他表記)Dionysios Thrax

改訂新版 世界大百科事典 「ディオニュシオス」の意味・わかりやすい解説

ディオニュシオス(トラキアの)
Dionysios Thrax
生没年:前170ころ-前90ころ

古代ギリシア文法学者。アレクサンドリアの出身。サモトラケのアリスタルコスに師事した後,ロドス島に移り,文法文学の教師をつとめた。彼の著作の中で唯一現存する《文法学》は,ストア哲学の影響の下にアレクサンドリア学派の文法研究を初めて簡潔にまとめたもので,統辞論文体論は含まない形態論のみの小冊子ではあるが,ローマ時代,ビザンティン帝国時代を通じて古代ギリシア語文法の規範として尊重されていた。また彼のつくった文法用語はラテン語を経て現在にいたるまで用いられ続けている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ディオニュシオス」の意味・わかりやすい解説

ディオニュシオス[アレクサンドリア]
Dionysios; Dionysius of Alexandria

[生]200
[没]265頃
アレクサンドリアの司教聖人,大ディオニュシオスといわれる。キリスト教に改宗しオリゲネスについて学ぶ。 231~232年アレクサンドリア教校の校長をつとめる。司教となってより,デキウス,ウァレリアヌス両帝の迫害にあい,辛酸を味わった。古典の素養が深く,エピクロスの原子論を批判した『自然について』 Peri physeōsが知られるが,当時の教会の神学上の問題に最も力を注ぎ,迫害による棄教者や異端者,分派の人々の教会帰参を弁護し,厳格主義の立場と対立したが,彼らに再洗礼を行なっていた他の教会との分裂は避けた。対立教皇ノバチアヌスには和睦をすすめた。また至福千年説に反対するとともに,三位一体論ではサベリウス派論争,そのためかえって三神論の非難を受けた。著作は早く散逸,エウセビオスやアタナシウスらの著作のなかの引用によってのみ知られている。

ディオニュシオス[ハリカルナッソス]
Dionysios; Dionysius of Halicarnassus

前1世紀後半のギリシアの修辞学者,歴史家。アウグスツス治下のローマでギリシア雄弁術の教師となり,かたわらローマ史の研究に従事した。『文体論』 Peri Syntheseōs Onomatōn,『模倣論』 Peri Mimēseōs,『デモステネスの文体について』 Peri tēs Dēmosthenūs Lexeōs,『ツキジデス論』 Peri tū Thūkȳdidū Charaktērosなどの修辞学的,文学批評的な論文のほか,ローマに関する年代記作者の記録を編集した『ローマ古代史』 Rōmāikē Archaiologiā (20巻) のうち 10巻が現存する。

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百科事典マイペディア 「ディオニュシオス」の意味・わかりやすい解説

ディオニュシオス[1世]【ディオニュシオス】

シュラクサイシラクザ)の僭主。平民階級を利用し,前405年以後権力を得てシチリア全島に支配勢力を伸ばした。カルタゴ勢力と対抗してその東進をはばみ,南イタリアにも進出し,植民市を建設。文芸の愛好者としても著名。
→関連項目僭主ダモクレス

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ディオニュシオス」の意味・わかりやすい解説

ディオニュシオス(1世)
でぃおにゅしおす

ディオニシオス(1世)


ディオニュシオス(2世)
でぃおにゅしおす

ディオニシオス(2世)

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