トラ(英語表記)tiger
Panthera tigris

デジタル大辞泉 「トラ」の意味・読み・例文・類語

トラ

トラディショナル」の略。「ニュートラ」「トラ

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「トラ」の意味・わかりやすい解説

トラ (虎)
tiger
Panthera tigris

食肉目ネコ科の中でライオンと並ぶ最大の猛獣。氷河時代にはユーラシア大陸のほぼ全域に分布したが,今日ではアジア特産で,アムール,ウスリー,中国東北部,朝鮮半島,中国南部,カスピ海南岸,東南アジア,インド,スマトラ,ジャワ,バリに分布する。

色や模様,体の大きさなど変異に富み,近年では8亜種に分けられることが多い。最大の亜種はシベリアトラチョウセントラP.t.altaicaで,体長2.8m,尾長95cmに達するものがあり,体重は雄で180~306kg,雌で100~167kgである。ベンガルトラ(インドトラ)P.t.tigrisに体の大きさや縞がよく似るが,一般に体色が淡く,黒色の縞は幅が狭く,冬毛は非常に長く綿状に密生し,横腹や後脚の外側の縞は茶色で目だたない。最小の亜種はバリトラP.t.balicaで,体長1.4m,尾長60cmと小さく,体重は雄で90~100kg,雌で65~80kgである。体毛が短く赤茶色で,縞は細く数が多く,2本ずつたばになっているなど,スマトラトラP.t.sumatraeジャワトラP.t.sondaicaに似るが,体色は鮮やかで,体の腹面は純白色である。このほか,背が黒ずみ,橙色を帯びた暗い赤土色で,腹面が白く,縞が細く茶色のものが多いカスピトラP.t.virgata,体毛がやや長く,縞の幅が広いマレートラP.t.corbettiとアモイトラP.t.amoyensisがある。外形においてはトラはライオンと容易に区別できるが,頭骨や体型は非常に類似する。トラはライオンに比べ,胴が長く四肢が短く,鼻や吻(ふん)の幅が狭く,頭部では額より後方が低くなる。耳は幅が狭く,黒色の背面の中央には大きな白斑がある。

トラは洪積世(300万年前)に入ってから出現した比較的新しい種で,鮮新世に繁栄していたスミロドン(剣歯虎(けんしこ))とは無関係である。東アフリカの下部洪積世(100万年以上前)から大型ネコ類の化石が出土しているが,これからトラやライオンの祖先が生じ,アジア南東部で進化したものがトラであったともいわれる。一般にトラはシベリア起源であると信じられ,化石が北極海のノボシビルスク諸島や中国などから発見され,寒さに強く暑さが苦手という点が北方起源説の根拠となっている。しかし,ネコ亜科の中でもっとも原始的な種の一つであるベンガルヤマネコが分布するバリ島にトラが生息すること,多くの動物の種が往来したアジアと北アメリカを結ぶ陸橋を通ってトラは北アメリカへ侵入していないことなどは,トラの南方起源説を肯定するものであろう。

トラは繁殖期以外は単独で生活し,深い茂みを好むが,岩の多い山地,低地のヨシ原,高温多湿の熱帯雨林など生息環境は変化に富む。巣穴は1頭が一つ以上もち,岩穴,樹洞,茂みが選ばれる。木に登ることはまれで,樹上での行動は活発でない。水をきらわず,とくに熱帯地方では好んで水に入って暑さをしのぐ。泳ぎはうまく,幅6~8kmの川を横切り,29kmを泳いだ記録もある。主として夜行性だが日中もしばしば出歩き,その行動域は広く,1日に10~60kmも移動する。行動圏は,インドではふつう50~1000km2で,シベリアなど北部ではふつう500~4000km2である。行動圏の広さは,獲物の数と水場によって変化する。

 狩りは嗅覚(きゆうかく)よりも視覚と聴覚によって行われ,待伏せよりも忍び寄ることが多い。獲物はおもにシカ,レイヨウ,イノシシであり,サルやヤマアラシなどや魚,カメ,バッタなども食べることが知られている。家畜のウシやスイギュウを襲うこともあり,背にとび乗って首を折ったり,のどをかみ切ったり,締めたりして殺す。トラは最強であり,優れたハンターだが,狩りを試みてもその90%は失敗するという。

 トラは単独性だがかなり社会性も強く,隣り合ったなわばりの個体どうしはお互いによく知っており,友好的であるという。交尾期は11~4月であることが多く,雌は通常2~2.5年に一度出産する。妊娠期間は93~111日,ふつう104~106日で,1産1~6子,ふつう2~3子を巣穴で生む。子は生後5~6ヵ月で母親と狩りに出歩くようになり,11ヵ月もすると狩りをおぼえる。2歳で独立することが多い。寿命は飼育下で26年の記録がある。

 トラとライオンの間には,飼育下でときに種間雑種が生まれることがある。トラの雄とライオンの雌の間にできたものはタイゴンtigon,逆の場合はライガーligerと呼ばれる。

 トラはふつう人を襲わないが,けがをしたり,老齢で獲物をとれなくなったようなトラ,あるいは急速に獲物が減少した地域にすむトラなどは,攻撃されて傷を負うと狂暴になり,〈人食いトラ〉になることがある。現在でもバングラデシュで毎年50人以上の犠牲者が出るが,100人以上がゾウに殺され,何千人もが毒ヘビにかまれて死ぬことからすれば,〈人食いトラ〉の話は人々の恐怖をかり立てるが,目の敵にするほどではないという。しかしトラは恐れられ,虎狩りや虎退治が古くから行われ,各地で絶滅してきた。

最小の亜種バリトラは1937年以後生息の記録はなく,ジャワトラも4~5頭が生存するにすぎないといわれる。またカスピトラも70年代で絶滅したとも伝えられ,生息数はシベリアトラが200頭,スマトラトラが約1000頭,ベンガルトラが約3000頭であり,その他の亜種も多くはないと考えられている。
執筆者:

トラはギリシア神話ではディオニュソスの聖獣とされる。彼がティグリス川を渡る際,ゼウスはトラを遣わして二輪戦車を引かせたと伝えられ,ティグリスの名(ギリシア語で〈トラ〉の意)もこれに由来するという。古代ではもっとも足の速い獣として知られ,子を奪われた母トラはどんな駿馬にも追いついて取り返すと信じられた。それでもトラの子を得たいときには,母トラの姿が映る球体や鏡を投げて気をそらせるか,1頭だけを放して親に連れ戻させるのが上策とベスティアリ(中世の動物寓意譚)にある。またエジプトでは馬を襲うトラが残虐な復讐の隠喩(いんゆ)に使われ,キリスト教では羊の対極をなす象徴として,神あるいはキリストの憤怒や審判を表した。非人間的で破壊的な宇宙の力と関連するそのイメージは近代に至っても変化せず,W.ブレークは《経験の歌》で〈虎よ! 虎よ! 輝き燃える〉と歌い,甘やかしや偽善をはねつける真の愛のきびしさをトラにたとえている。オリエンタリズムの象徴としてもトラはポピュラーなものの一つである。
執筆者:

中国では,トラは俗語で老虎という。今も出没して人畜を襲うことがあるが,一方またその毛皮が珍重されるので,利害両面よりしてトラと人間との交渉を語る俗信や伝説も多い。例えば,中島敦の《山月記》の物語のように,人が突然に発狂して山中に入り,化してトラとなったという話は古くからあり,とくに西南の異民族間にこの伝承が多く,トラを勇猛無類のものとしてこれに変身することを願ったものか。またトラに食われた人の霊魂はトラの配下となって使役される,これを〈倀鬼(ちようき)〉または〈虎倀〉と称した。また異類婚姻譚の一種として日本では聞かれない〈虎女房〉型の昔話もある。トラが皮を脱いで美女に変じ,男の妻になって子女を生むが,後に夫によって隠されたトラの皮を入手して再びトラに化して山中に去るという話である。変身の重要なモティーフとして皮が出る。これは狩猟のあと,その美麗な皮をはいで保存するところからの着想であろう。
執筆者:

朝鮮ではトラは山神の使い,化身と考えられており,寺にある山神堂には老人の横にうずくまるトラの絵が必ず掲げられ,山神の全能を示す象徴とされている。朝鮮のトラはシベリアトラで,李朝時代にはソウル付近にも出没したという。ソウルの升型の間取りの家屋で中庭へトラが入り込まないように,虎網を仕掛けたほどである。トラは勇猛の代名詞とされ,文班,武班からなる両班(ヤンバン)のうち武班は虎班と呼ばれた。また李朝時代の祈雨祭では,雨の降らないのは竜のせいだとされ,ソウルを流れる漢江にすむ竜王を怒らせるために,トラの頭を漢江に投げ入れることもあった。朝鮮の屛風には〈胡猟図〉と呼ばれる虎狩りの風俗を描いたものや,民画では竹林にうずくまるトラと吉鳥とされるカササギを対にした画題が多いが,愛敬のあるトラの表情と相まって民画の特色をなしている。〈昔,虎がたばこをすっていたころ〉という昔話の出だしにうかがえるように朝鮮人に親しまれたトラも,朝鮮戦争以降は韓国での出没の報告はない。
執筆者:

トラは日本には生息しないが,その存在は古くから文献を通じて知られ,また毛皮や絵画などによって,その形姿も伝えられていた。《延喜式》に〈虎皮〉がみえ,《日本書紀》や《万葉集》にもトラのことがみられるが,近世には生きたトラが日本にもたらされた。なお,ヒョウは日本では古くは〈なかつかみ〉と呼ばれ,トラの雌のことであると考えられていた。

 トラの図像は中国の四神の一つ(白虎)として,日本でも古代以来知られていたが,文様や絵画作品の遺品にみるかぎり,獅子の図に比して少ないといえよう。絵画においてトラが数多く描かれるのは室町後期からで,〈竜虎〉〈竹に虎〉という組合せがよくみられる。屛風絵では単庵智伝筆と伝える《竜虎図》(慈芳院)が最古の遺例で,以後,この画題は武家の気風にかない,雪村,長谷川等伯,曾我直庵らが手がけた。江戸期では狩野探幽,円山応挙,岸駒らの虎図が著名で,寺社の建築装飾(蟇股浮彫など)にも〈竹に虎〉のモティーフはよく用いられている。

 ところで,京都の鞍馬寺には,狛犬(こまいぬ)様のトラの石像1対がある。この寺は〈とら〉と関係が深く,縁起によれば,鞍馬山を開創した鑑禎が初めて毘沙門天を拝したのが,寅(とら)の月,寅の日,寅の刻であったという。また,鞍馬寺には《鬼一法眼兵法虎之巻》なるものがある。〈虎の巻〉は今日では秘伝や物事の奥義を書いたものをいうが,もとは中国古代の兵法書《六韜(りくとう)》の1巻〈虎〉巻に由来するという。《義経記》によれば,一条堀河の陰陽師鬼一法眼(きいちほうげん)が所持していた兵法の秘伝を,源義経が法眼の娘の手引きにより盗み出した。これは中国から伝えられて,坂上田村麻呂,藤原利仁,平将門らが読み伝えたものであるという。この〈虎の巻〉の伝承は,源義経および〈とら〉に関係が深い鞍馬の陰陽師が伝えたものと考えられる。鞍馬寺では,戦国時代には,〈虎巻之法〉を修したことが知られ,〈虎之巻〉は毘沙門天の絵像とともに各地に配布されていたといわれる。
執筆者:

《紫式部日記》には,中宮彰子が出産した皇子の〈御湯殿の儀式〉(産湯)の際,〈虎のかしら宮の内侍とりて御さきにまゐる〉と記されている。中国隋代の《産経》に〈初湯の際,虎の頭を湯の中に漬して沐浴すると,児を無病にする〉とある。紫式部は〈夜さりの御湯殿とても,さまばかりしきりてまゐる〉と書いているので,当時すでに形式的なものになっていたと思われる。トラの頭も実物であったかどうか疑わしく,後の張り子の虎も,この影響によるものであろう。また,中国の医書によるトラの骨には邪悪な物の怪や取りついた鬼,三尸(さんし)などを殺す力があるとされ,悪性のできものや小児の夜泣き,てんかんその他の治療薬として用いられていた。とくに頭骨は珍重された。肉も薬用にされ,つめは呪術に用いられた。また,日本の医書《医心方》には,トラやオオカミを避ける術として,(1)羊の角を焼いてもっていく,(2)トラの姓は黄子義なので,トラを見たら黄子義と呼べば逃げ去る,(3)11月2日に五穀を収穫し,いっしょにつき合わせて食べる,人には話さない,などのことが中国の文献から抄録されている。
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世界大百科事典(旧版)内のトラの言及

【ネコ(猫)】より

…【村下 重夫】。。…

【ネコ(猫)】より

… イエネコの毛色や斑紋は一見千差万別であるが,斑紋にははっきりした三つの型があり,すべての個体がそのどれかに属する。(1)虎斑(とらふ)型 ストライプトタビーまたはたんにストライプト,虎ネコ,雉(きじ)ネコなどといわれるもので,体側にはトラのような横縞,または横に並んだ斑点がある。背すじは黒いが,鮮明な縦縞はない。…

※「トラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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