ドイツの大学改革(読み)ドイツのだいがくかいかく

大学事典 「ドイツの大学改革」の解説

ドイツの大学改革
ドイツのだいがくかいかく

ドイツの大学と日本の大学(ドイツの大学)の違い]

日本とドイツの大学を比較すると,従来次のような違いが指摘されてきた。まずドイツではアビトゥーア試験といわれる大学入学資格試験に合格すれば,どの大学,どの学部,学科にも登録するだけで入学できる(ただし一部の学部,学科,具体的には医学部などでは「入学制限」が行われている)。日本では,高等学校を卒業しても基本的には,大学ごとに実施される入学試験に合格しないと入学できない。

 次にドイツの大学の卒業は,最終的に何らかの試験(医師,教職,法学などの国家試験,ディプローム試験,マギスター試験など)に合格したかどうかによって定まる。換言すれば,国家が行う試験に合格し,大学を退学することが卒業である。日本は,所定の単位を取得して学士となることが卒業を意味する。

 第3にドイツで大学教授になるためには,博士号を取得したあと,さらに博士論文以上の論文を執筆し,大学教授資格(ドイツ)(ハビリタツィオン)を取得しなければならない。日本では,教授の任用は大学ごとの裁量により行われる。教授資格試験などというものはない。

 第4にドイツの大学は,その大多数が国立(ただしほとんどが連邦立ではなく州立)であり,大学では授業料を基本的には徴収しないという原則が貫かれてきた。日本では私立大学の比重が大きい。また授業料の面でも,私立大学だけでなく国立大学法人でも,授業料負担はたいへん大きい。

 第5に,ドイツでは基本的に大学間の格差はないとされている。日本では,大学に格差があることを誰もが当然のことと認識している。

[ドイツの大学の変貌]

以上のような特色をもったドイツの大学も,近年アメリカ合衆国や日本にみられるような単位制度を導入するなど,以下のように大きな変貌を遂げている。

 これまでドイツの大学では,標準的な学習期間(標準的な在学学期数)は定められていても,何単位とったから卒業といった概念は存在しなかった。学生は自らの学習計画にしたがって履修した。こうした特色をもったドイツの大学も,ボローニャ・プロセスの展開の中で,学士課程(バチェラー)修士課程(マスター)博士課程(ドクター)というように3段階のステップを踏んだ大学教育が行われることになった。これとあわせて,ヨーロッパ共通の単位互換制度(ECTS)が取り入れられることになり,所定の単位を取得することにより,学士(BA),修士(MA)などの学位が付与されるシステムに変わりつつある。

 またドイツの大学では,授業料(ドイツ)が基本的に徴収されてこなかったことと,国家試験などの受験回数が原則として2回までと定められており,学生は合格の見込みがつくまでなかなか受験しない,などの理由から在学期間が長かった。しかし財政状況等からも,こうした制度は見直しを迫られ,1990年代後半から長期在学者を中心に授業料が徴収されるようになった。ただし,授業料の徴収の仕方,額などは州によって異なり,無償の州もある(その後,再び全州とも無償となっている。2017年現在)

 大学の設置形態で見ると,上述のようにドイツでは州立大学が主体となっている。連邦立の大学は,国防軍の兵士を養成する連邦軍大学などごく一部に過ぎない。私立大学もその多くは,教会が設立・運営している聖職者の養成を主眼とする小規模な大学である。こうした州立大学中心のドイツの大学制度の中で,近年アメリカ型の私立のロースクールや,経営学,経済学,会計学のビジネススクールが設置されるようになった。これら私立大学では高額の授業料が徴収されるが,英語で授業が行われるとか,従来のドイツの大学にない特色をもっており,入学する学生が増加する傾向にある。

 あわせて大学間に格差は存在しないという建前が貫かれてきたドイツでも,こうした原則は崩れつつある。2005年に,連邦と州は「ドイツの大学における学術および研究の促進に関する連邦と州のエクセレンスイニシアティブ協定」を締結した。この協定にもとづき,2006年に「高等教育に関するエクセレンス・イニシアティブ」と,それにもとづく「先端大学」が発表された。これに選ばれた大学は,マス・メディア等で「エリート大学(ドイツ)」と呼ばれている。そうしたなかで,大学のランキング表もいろいろ出回るようになった。

 大学教授任用システムについても,大学教授資格が必ずしも必要ではなくなった。また若手研究者のためのジュニア・プロフェッサー(準教授)の制度が設けられることになった。業績とリンクした給与制度も導入されている。

[大学の変貌の要因]

こうしたドイツの大学の変貌をもたらした要因として次の点が挙げられよう。まず,グローバル化である。経済のグローバル化により,世界的な競争,自由な市場経済のなかに大学も組み込まれるようになった。次に「制度の共通化」である。OECD,ユネスコなどの国際機関によるさまざまな協定が採択,批准され,国境を超えた制度の共通化が見られる。こうした大きな流れは,現実的には「アメリカ化」と言えるかもしれない。グローバル化とあいまって,アメリカ的な法制度が世界に波及している。そのなかで「評価」と「競争」を基調とするアメリカ型の大学へと徐々に移行しつつある様子がうかがえる。同時にヨーロッパにおいては「統合されたヨーロッパ」を念頭に,ヨーロッパ全体の知識基盤のレベルアップを視野に置いた一連の高等教育改革が進行している。ドイツの大学改革もそうした流れのなかに位置づけることができるであろう。
著者: 木戸裕

参考文献: 木戸裕『ドイツ統一・EU統合とグローバリズム―教育の視点からみたその軌跡と課題』東信堂,2012.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報