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ナーランダー 〈梵〉Nālanda

百科事典マイペディアの解説

ナーランダー

インドの仏教遺跡。王舎城(今のラージャグリハ)とビハールの中間にある。アショーカ王が8寺を建立したのに始まるともいうが,大規模な学問寺となったのは5世紀ごろとみられる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ナーランダー【Nālandā】

インド東部,ビハール州のパトナーの南東約90kmにある仏教遺跡。中国では那爛陀と音訳。仏教研究の中心として5~12世紀に栄えた学問寺があった。7世紀前期には玄奘が,7世紀末期には義浄がここで学んだ。玄奘によると,グプタ朝クマーラグプタ1世(在位415ころ‐454ころ)が創建し,グプタ後期の諸王やハルシャ・バルダナ王(在位606ころ‐647)も次々と僧院を造営し,数千人の僧徒がいたという。また義浄は,形のよく似た八つの僧院のほか,大ストゥーパその他の建物が連なっていたと記している。

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大辞林 第三版の解説

ナーランダー【Nālandā】

インドのビハール州中部にある仏教遺跡。五世紀から一二世紀にかけて仏教教学の中心地として栄え、玄奘・義浄もここに学んだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ナーランダー
なーらんだー
Nland

5世紀から12世紀にわたって北インドに栄えた有名な学問寺の跡で、中国では「那爛陀」と音写される。玄奘(げんじょう)が6年間をここで過ごした7世紀前期には、数千人に及ぶ学僧の集まる壮大な伽藍(がらん)であったという。インド東部、ビハール州パトナ市の南東約80キロメートルにあり、整備された2キロメートル四方の遺構には煉瓦(れんが)積みの五つの祠堂(しどう)、10の僧院址(し)が保存されている。当地では後(ポスト)グプタ期からパーラ時代(6~12世紀)にかけて造像活動が盛んで、遺跡に隣接する考古博物館には、出土した石造・青銅製の彫刻類、とくに密教系の尊像が数多く展示されている。石像は大部分が光沢のある黒い玄武岩が用いられ、チベットやネパール、あるいは東南アジアの仏教尊像の様式に、大きな影響を与えた。[秋山光文]
 2016年、「ビハール州ナーランダーのナーランダーマハービハーラ(ナーランダー大学)の考古遺跡」としてユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]

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