ニウエ

百科事典マイペディアの解説

ニウエ

◎正式名称−ニウエNiue。◎面積−261km2。◎人口−1613人(2011)。◎首都−アロフィ。◎住民−ニウエ人(ポリネシア系)。◎宗教−大半がキリスト教。◎言語−ニウエ語,英語。◎通貨−ニュージーランド・ドルNew Zealand Dollar。◎元首−英女王エリザベス2世,ニュージーランド総督ジェリー・マテパラエJerry Mateparaeが総督を兼任。◎首相−タランギTalagi(2008年6月就任,2011年5月再任)。◎国会−一院制(定員20,任期3年)。◎GNI−不詳。◎1人当りGNI−不詳。◎平均寿命−69.5歳。◎乳児死亡率−19‰(2010)。◎識字率−98%。    *    *南太平洋,ニュージーランドの北東約2200kmにある島国で,海沿いの外周道路も全長67kmという小さな国。東はクック諸島,西はトンガに隣接し,最も近いトンガの首都ヌクアロファまでも約600km離れている。サンゴの隆起による島としては世界最大級の規模を誇る。また,熱帯地域に位置するにもかかわらず,環礁がほとんどないユニークな島でもある。降り注いだ雨は,石灰岩に浸透して浄化され,海へ直接しみ出るため近海の海水透明度はきわめて高い。1774年にジェームズ・クックが来航したが,住民からの強い抵抗を受け,3度の上陸の試みはいずれも果たせずに終わった。1846年に,隣国サモアを介してキリスト教の布教が始まり,1901年ニュージーランド領,1974年同国との自由連合による自治地域となった。2004年には,サイクロン・ヘタの来襲により甚大な被害を受けている。コプラ,バナナのほか家内工業的な編かご,帽子などの産がある。近年は高品質なバニラやノニ・ジュースも重要な輸出作物となっている。経済規模は小さく,ニュージーランドとの貿易に依存する。

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知恵蔵miniの解説

ニウエ

南緯19度、西経169度にある面積259平方キロメートルの国。ニュージーランドの北東2400キロメートル、トンガの東480キロメートル、サモアの南東560キロメートルの場所にある人口約1600人の小さな島国である。国家元首を英国のエリザベス女王とする立憲君主制であり、総督はニュージーランド総督が兼任している。1774年、キャプテン・クックがニウエを確認したが、ニウエ人によって上陸を阻まれ、ニウエを未開の島と名づけたというエピソードを持つ。1900年、英国の保護領となり、01年、ニュージーランドの属国となったが、74年、ニウエ憲法の下、内政自治権を獲得し、ニュージーランドとの自由連合関係を形成している。2014年10月11日、同国は片面にはディズニーのキャラクター、別の面には英国のエリザベス女王が刻印された新しい貨幣の発行を発表し、この小さな島国がにわかに脚光を浴びた。

(2014-10-15)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニウエ
にうえ
Niue

ニュージーランドの北東2400キロメートル、トンガの東480キロメートル、サモアの南東560キロメートルにあるポリネシアの単島国家。グリニジ時より11時間遅い。国土面積260平方キロメートル、ほぼ楕円(だえん)形の島の周回道路は67キロメートルで、隆起サンゴ礁島としては世界でもっとも大きな島の一つに数えられる。国内人口は、バチカン市国に次いで少ない1190(2014推計)であるが、その10倍以上のニウエ人が自由連合関係を結ぶニュージーランドに住んでいる。[小林 泉]

自然・地誌

この島は、「ポリネシアの岩」とよばれることがある。切り立った岸壁や岩場が入り組む複雑な海岸線が続き、白い砂浜が多い他のポリネシアの島とは異なる様相を呈しているからである。島は2層の台地状で、上の層は海抜60メートル超、下の層も海抜20メートルを超える高台になっている。首都は西海岸の平地部アロフィ村Alofiに置かれ、住民もこの地域に集中している。島のいたるところに洞窟(どうくつ)が口を開けており、それらのいくつもがいまだ調査されていない。島の南東部に広がるフバル森林Fuvaluには固有原種の木々が茂り、原生林保護区になっている。
 熱帯海洋性気候であるが、南緯19度に位置するため、冬の時期にあたる6月から9月の一日平均気温は22~23℃まで下がり、かなり涼しい。11月から4月にかけては、雨の多い季節となる。その雨は、地中にしみ込んで石灰岩のフィルターを通り海に流れるため、島周辺の海は透明度が高く、数十メートル先まで見通せる。しかし、島内には恒常的な水源がないために、自給的農業以上の耕作には適していない。隆起サンゴ礁島であるため植生は豊かとはいえないが、人類入植後に開拓された原生林の跡地には各種灌木(かんぼく)類が、海岸部にはシダ類が繁茂している。
 人種は、サモア人やトンガ人をルーツとするポリネシア系で、ニウエ語を話しているが、国民の教育は英語で行われ、宗教もほぼキリスト教のため、伝統文化などはことばとともにしだいに希薄になっている。1960年代には5000人超の居住者がいたが、ニュージーランドへの移住に歯止めがかからず、5年ごとに実施される調査では人口が減り続け、空き家や耕作放棄地が目だつ。[小林 泉]

歴史

900年ころにサモアから、16世紀にはトンガから人々が移住してきたといわれている。1774年にイギリス人のジェームズ・クックが「発見」し、三度の上陸を試みたが島民に阻まれて失敗。そこでクックは、「野蛮人の島」と名づけた。その後も宣教師らの試みが続いたが、成功には至らなかった。キリスト教布教が始まったのは1846年、ロンドン伝道協会がサモアに渡ってキリスト教に改宗していたニウエ人のペニアミナNukai Peniaminaの派遣に成功したときからであった。
 当時のニウエ島内には10を超える部族がそれぞれの首長の下に並立していたが、マタイオ・トゥイティガMataio Tuitoga(?―1887)が1876年に初めて全島の政治的統一を実現して王制を打ち立てた。しかし、1900年にはイギリスの保護領になり、翌1901年にはクック諸島とともにニュージーランドの属領に組み入れられた。
 ニウエ人による自治を近代政治制度の下で行うべく、1960年に議会が設立された。議会はニウエ憲法を制定し、それに基づいて1974年には完全なる自治権を獲得。同時に、クック諸島が先行してニュージーランドと結んでいた自由連合関係と同様な政治ステイタスへと移行した。[小林 泉]

自由連合の政治地位

ニウエとニュージーランドとの自由連合とは、内政は自ら行うが、軍事や安全保障の実行権と外交権はニュージーランドにゆだねる。また、ニウエ人はニュージーランド国籍を与えられ往来は自由、という関係である。自由連合の名称由来は、どちらか一方の申し出で関係を解消できる「自由」があることからきている。
 ニウエの意思で関係解消ができることから潜在的主権はニウエにあるといえるが、安全保障実行権や外交権を他にゆだねているかぎり、あくまで自治領であって国家ではないとするのが国際法上の一般的見方であった。したがって、国連メンバーにはなっていないが、関連機関の世界保健機関(WHO)、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、国連食糧農業機関(FAO)では正式メンバー、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP(エスカップ))では準メンバーとして認知されている。
 しかし1997年に中国が、同じく対ニュージーランド自由連合関係のクック諸島を国家承認して以降、ニウエもまた内政の延長線上の行為として外交活動に力を注ぎ始め、2007年12月には中国と外交関係を結んだ。これによりニウエを国家として承認する国が増え、日本も2015年(平成27)5月に国家承認をするに至り、13番目の外交関係樹立国となった。
 その結果、自由連合という政治地位の実態が国家なのか自治領なのか、あいまいになっている。[小林 泉]

政治

政体は立憲君主制で、イギリス女王(国王)が国家元首、ニュージーランド総督がニウエ総督を兼任し元首を代行している。行政は議院内閣制。一院制の議会で選出された首相が3名の閣僚を指名する。司法府としては、ニウエ高等裁判所、ニュージーランド最高裁判所がその役割を果たしている。3年ごとの総選挙では、議員総数20議席のうち、14ある村が各1議席を有し、6議席は全島から選出される。選挙権は3か月以上にわたりニウエに居住する18歳以上の国民に与えられる。
 憲法によれば、軍事・外交は国家元首がつかさどる。また、自由連合の協定においてもニュージーランドにゆだねることになっているが、前述のとおり、政府による外交活動の範囲が徐々に広がっており、2015年時点ではニュージーランド政府もこれを容認している。[小林 泉]

経済・社会

自給レベルの農業・漁業はほとんどなくなり、タロイモ、バニラ、ノニ(アカネ科の常緑灌木)の果実を絞ったジュースなどの農産物、そして魚を若干輸出している。ニュージーランドの支援を受けて、きれいな海と特異な地形を生かして観光業開発にも取り組んでいるが、年間観光客数は5000人を超えない規模にとどまっている。
 その他国内に目だった産業が見当たらないのに、購買力平価で換算した1人当り国内総生産(GDP)が5800ドル(2003推計)と比較的高い水準であるのは、ニュージーランドの財政援助と海外に居住するニウエ人からの送金による。ニュージーランドには2万数千人、オーストラリアには3千数百人と、両国には本国の人口をはるかにしのぐニウエ人コミュニティが存在する。
 英語による初等・中等教育が充実しているため、国民の識字率はほぼ100%。高等教育機関は国内にはなく、フィジーにある南太平洋大学やニュージーランドの大学に進学する。これらがニュージーランドへの人口流出の原因でもある。政府は、島内に産業を誘致することが人口減に歯止めをかける方策であるとして、近隣諸国に協力を呼びかけている。[小林 泉]

日本との関係

自治領であるため、日本とニウエの公式交流はなかったが、日本が3年ごとに主催する太平洋・島サミットには、太平洋諸島フォーラム(PIF)の正式メンバーとして毎回ニウエの首相を招待した。2009年の第5回サミットの開催時には、PIF議長であったニウエの首相タランギToke Tufukia Talagi(1951― )が日本の首相麻生太郎とともに共同議長を務めた。2015年5月の日本政府によるニウエの国家承認は、こうした交流の実績を踏まえたものである。
 外交関係の樹立により、在ニュージーランド日本大使がニウエを兼轄する。これまで二国間援助ができなかったため、2013年までの日本からの累積ODA(政府開発援助)額は1億7300万円にとどまっている。
 従来は日本人観光客の訪問がほとんどない島であったが、2010年ごろに日本人が飲食店を開業して話題になった。[小林 泉]

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