日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニブヒ語」の意味・わかりやすい解説
ニブヒ語
にぶひご
極東のアムール川下流地方から樺太(からふと)(サハリン)にかけて居住するニブヒ民族固有の言語。従来、ギリヤーク語とよばれた。一般に地理的便宜上チュクチ語やコリヤーク語などの極北諸言語の一つとして記述されるが、系統は定説がなく不明。固有の文字はなく、現在はキリル文字をもとにした表記法が用いられている。母音には日本語のイ、エ、ア、オとほぼ同じ音のほか、強い円唇のu、曖昧(あいまい)音のəがあり、子音には強い息を伴う「有気音」や口蓋(こうがい)の奥を用いる「口蓋垂音」もある。文中では、修飾語は被修飾語に、目的語は動詞に先だち、名詞や動詞の変化はおもに語幹に接尾辞を付して行う。この場合、修飾語―被修飾語、目的語―他動詞、語幹―接尾辞の境界で(おもに後者の頭音の)子音が規則的に交替し、この言語の大きな特徴となっている〔例 wo-raf(<taf)村の 家、t‘ax-c‘ì- (<sì-)額を置く、wes-rox (<tox)からす へ〕。数詞もまた、適用される対象に応じて異なる語形を用いる点が特徴的である〔例 meqr(数)2、mik(小さく丸いもの)2個、menŋ(人)二人、mim(舟)二隻、など二十数種〕。生活形態を反映し、狩猟や漁労に関する語彙(ごい)が豊富で、文化語などにはロシア語や近隣のツングース・満州語からの借用語が多いほか、アイヌ語と類似する語もあり、南樺太が日本領であったころには日本語も入っていた。
[渡部みち子]