日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニンジン」の意味・わかりやすい解説
ニンジン
にんじん / 人参
carrot
[学] Daucus carota L.
セリ科(APG分類:セリ科)の二年草で、おもに根を食用にするため世界中の温帯を中心に栽培される。根は品種によって太さ2~5センチメートル、長さは10~20センチメートルの円錐(えんすい)形のものから、1メートルになるものもある。色は橙(だいだい)、赤または黄色。根出葉を多数出し、葉柄は長く、葉身は細かく裂ける。2年目の春にとう立ちして高さ0.6~1メートルになり、多数の白色5弁の小花をつける。果実は長さ約3ミリメートルの長楕円(ちょうだえん)形で多数の短い刺(とげ)があり、2分果からなる。
[星川清親 2021年11月17日]
起源と伝播
野生祖先種はアフガニスタン、中央アジアおよびカフカス地域に広く分布するが、栽培型に酷似した形態と遺伝的変異が豊富に存在するアフガニスタンのヒンドゥー・クシ山麓(さんろく)地域が栽培型の成立した起源地と推定される。この地域から栽培型のアフガン系が西方と東方に伝播(でんぱ)された。西方へは、トルコに10~11世紀に伝播し、トルコのアナトリア南西部で、アフガン系と地中海地域からイランまで自生している亜種maximusとの交雑によって、その雑種後代から新たに欧州系が成立した。その後欧州系はスペインに12世紀、北西ヨーロッパに14世紀、イギリスに16世紀に伝播した。今日、世界的に栽培される品種は橙色の短形種が主体であるが、16世紀までの品種は紫色または黄色の長根系統で、とくに紫色種が普遍的であった。しかし、紫色種はスープの材料に用いた場合、紫褐色になるので好まれず、黄色種が主体となり、さらに17世紀の初め、オランダで黄色種から橙色種の選抜に成功し、以後、橙色種が普及するようになった。東方への伝播は、中国に元時代の初期(1300ころ)雲南を経て華北に入り、華中に普及して、東洋系が成立した。日本には室町時代に中国から入った。
[田中正武 2021年11月17日]
品種・栽培
今日、日本で栽培されるのは欧州系が大部分であるが、最初に導入されたのは東洋系品種である。これは根にリコピンを主とした色素を含み、濃い紅色を呈する。現在は、金時(きんとき)が西日本でわずかに栽培される程度である。欧州系は東洋系より遅く、江戸時代後期に長崎に入り、その後全国的に広がり、多数の品種を生じた。橙色で短形のものが多く、代表品種は黒田五寸と長崎五寸である。
普通は晩春に種子を播(ま)き、秋から冬に収穫するが、早生(わせ)品種の場合、早春に種子を播くと夏には収穫できる。
[星川清親 2021年11月17日]
食品
ニンジンは、なまの根100グラム中に、カロチン7300マイクログラム、ビタミンA4100IUを含む。ビタミンAの含量では野菜類中でも屈指であり、栄養的価値が高い。ビタミンB、Cにも富む。カロチンを生かした調理方法は、油とともに料理することで、50~60%のカロチンが利用できる。煮た場合のカロチンの利用率は30%程度である。多量の酢とともに調理するときには、カロチンが分解されやすい。
根を煮物、揚げ物、なます、五目ずしに用いる。生食もする。近年では、生食用として丸かじりのできる指ほどの大きさのニンジンも市場に出ている。東洋系のニンジンは肉質が締まって固く、濃い紅色であり、欧州系のニンジンは橙黄(とうこう)色で肉質が柔らかいのが特徴である。煮しめなどには東洋系のニンジンが適しているが、現在その栽培は欧州系に比べて少なく、流通量も多くない。若い葉も栄養的に優れた有色野菜の一つで、ゆでて食用にし、強い香りと風味がある。
欧州系ニンジンは夏から市場に出回り、東洋系ニンジンは冬が旬(しゅん)である。
[星川清親 2021年11月17日]
文化史
ギリシアのディオスコリデスが紀元1世紀に著した『薬物誌』のなかに載るダウコスdaukosはニンジンとされ、そのもっとも古い記録の一つである。当時の根は指ほどの太さで、長さ20センチメートル余りであったが、もっぱら種子を利尿、腹痛、鎮咳(ちんがい)などの薬に用いた。ニンジンの原産地はバビロフによると、中央アジアから小アジアとされる。中国には後漢(こうかん)(947~950)に伝わったとの説もある。日本には、江戸初期までに渡来し、『多識編』(1612)に、胡蘿蔔、今案世利仁牟志牟(いまあんずセリニムシム)と初見する。『和漢三才図会』(1712)には、黄、赤、白、紫色のニンジンが記録されている。
[湯浅浩史 2021年11月17日]
ニンジン
ニンジン(金時)
ニンジン(ミニキャロット)
ニンジン(パリジャンボール)
シマニンジン
葉ニンジン
ニンジンのおもな品種〔標本画〕
ニンジンの花
ニンジンの栽培
ニンジンの起源地と伝播経路