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ネンニ ネンニ Nenni, Pietro

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネンニ
ネンニ
Nenni, Pietro

[生]1891.2.9. ロマーニャファエンツァ
[没]1979.12.31. ローマ
イタリアの政治家。 1908年共和党左派として政界に入り,21年社会党入党。 23~26年社会党機関誌『アバンティ』の主筆。ファシズムによる弾圧下,26年同紙の発行停止とともにフランスに亡命,31年党書記長。

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デジタル大辞泉の解説

ネンニ(Pietro Nenni)

[1891~1980]イタリアの政治家。反ファシズム運動に参加して亡命。第二次大戦後、社会党書記長になり、副首相・外相を歴任。

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百科事典マイペディアの解説

ネンニ

イタリアの政治家。イタリア社会党の指導者。機関紙《アバンティ》の主筆だったが1926年亡命。スペイン内乱に政治委員として参加。第2次大戦後党書記長(1944年―1963年),党首(1966年―1968年)としてしばしばイタリア共産党統一戦線を組んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ネンニ【Pietro Nenni】

1891‐1980
イタリアの政治家。北イタリアの農民出身。17歳で共和党に入党し,1911年リビア戦争(イタリア・トルコ戦争)反対のゼネストを組織した。14年民衆反乱〈赤い一週間〉をマラテスタとともに扇動。15年ムッソリーニとともに第1次世界大戦へのイタリア参戦を支持し,大戦後もファシズム運動に参加した。しかしその反労働者政策をみて反ファシズムに転じ,21年社会党に入党し,機関紙《アバンティ!》を指導(1923‐25)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネンニ
ねんに
Pietro Nenni
(1891―1980)

イタリアの政治家、社会主義者。ファエンツァの貧農出身。17歳で共和主義者になり、第一次世界大戦直前のマルケの暴動(赤色週間)にマラテスタErrico Malatesta(1853―1932)とともに参加して逮捕された。参戦論者として従軍し、負傷して帰国後ジャーナリストになった(1917~1919)。1921年春、社会党に入党。セルラーティGiacinto Menotti Serratiの去ったあとの『アバンティ』紙編集長の地位につき(1923~1925)、共産党との合同に反対し、トゥラーティ統一社会党との合同に賛成した。ムッソリーニ政権の国家防衛法施行とともにパリに亡命し(1926)、社会党の書記、社会主義インターの執行委員として反ファシストの統一のために活動。統一社会党との合同(1930)、共産党との行動統一協定(1934)を実現し、国際旅団の政治委員としてスペイン内戦に参加(1936~1939)。第二次世界大戦中フランスでドイツ軍に逮捕され、イタリア当局に引き渡され、ポンツァ島に抑留された(1943)。ムッソリーニ政権崩壊後、解放され、再建社会党の代表としてローマの国民解放委員会に参加。1944年春トリアッティサレルノ政策に反対し、バドリオ政府への入閣を拒否した。第二次世界大戦後パルリ政府の副首相をはじめ数次に及ぶデ・ガスペリ政府の閣僚、制憲議会議員などの要職を歴任。再建社会党の書記長として1956年まで共産党との共闘路線を続けたが、同年秋のハンガリー事件以後、共産党からの分離・独立の路線を推進するとともに中道左派政権を構想し、モーロ政府に始まる中道左派政権に副首相として入閣し(1963~1966)、その後ルモール内閣では外相を務めた(1968~1969)。1970年終身上院議員に選ばれ、また社会党議長に就任した。主著に『四年間の歴史』(1926)、『非スターリン化以後の社会主義の展望』(1962)がある。[重岡保郎]

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