改訂新版 世界大百科事典 「ハヌマンラングール」の意味・わかりやすい解説
ハヌマンラングール
Hanuman langur
Presbytis entellus
ハイイロヤセザルともいう。インドを中心に,北はヒマラヤ山系から,南はスリランカに至る幅広い環境下に生息する霊長目オナガザル科の旧世界ザル。〈ハヌマン〉はヒンドゥー教の神猿〈ハヌマット〉で,このサルは,現在でもインドにおいて神聖視されている。体色は灰色で腹部だけクリーム色。顔と手足の毛のない部分は黒い。生後2ヵ月半ごろまでの子どもの体色は黒く,顔と手足はピンクである。頭胴長は雄が42~79cm,雌が43~70cm。尾長は50~100cmと長く,逆U字形に曲げて歩く。体重は雄が10~20kg,雌が3~18kg。主として木の葉などの植物を食べるが,昆虫の幼虫やシロアリなども食べる。他のコロブス亜科のサルと同様に,植物繊維の消化に適したいくつかにくびれた大きな胃と,その一部にセルロース消化酵素をもつ。ハヌマンラングールは,地方によって生息密度や社会構造が大きく異なることで知られる。生息密度は1km2当り3頭から100頭以上と異なり,群れの大きさも平均16頭の地方と28頭の地方がある。また,バスタール地方では複数のおとなの雄を含む群れが多いのに対し,ダルワール地方では多くの群れが単雄群である。これらの相違と,植生,捕食者などの環境要因の違いとの関連について多くの研究者が論じているが,不明な点も多い。単雄群の雄の交替に際して,子殺しを伴う劇的なエピソードが展開することもよく知られている。ダルワール地方で単雄群が雄グループに攻撃された例では,リーダー雄を含む1歳以上の雄がすべて追い出され,次に雄グループ内の争いで1頭の雄を残してすべての雄が追い出された。その後新しいリーダー雄によって1歳以下の子どもがすべて殺され,子どもを殺された雌はただちに発情を始めてその雄と交尾した。以上の結果,サイズが約半分に減少した群れは,新たな雄を中心として新たな安定期を迎えることになった。これに類似の子殺しは,アカオザルやゴリラなどでも見られている。
執筆者:古市 剛史
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報