翻訳|estrus
〈さかり(heatまたはrut)〉ともいう。広義には動物が交尾可能な生理状態にあることをいうが,狭義には成熟した哺乳類の雌が,雄の接近を許し,交尾に応じることのできる生理状態にあることをいう。以下では狭義の発情について論じる。発情の厳密な判定は,精管を結紮(けつさつ)した雄を近づけるなどの方法により,雄との交尾行動の成立をみることによってなされるが,実際的には,発情にともなう性的行動や,陰部などの外的所見の特徴的な変化(外部的発情徴候)によって判断される。外部的発情徴候として,外陰部の充血や腫張,粘液の排出,陰唇の開閉などをあげることができる。また一般的に,発情期の動物は落ち着きがなくなり,しばしば放尿したり,特徴的ななき声をあげ,雌どうしがお互いに乗り合うといった行動を示す。ウサギやネコのような,交尾が刺激となって排卵が起こるものをのぞく多くの動物では,発情中に自然に排卵が起こる。排卵は脳下垂体-卵巣系のホルモン支配下にあるので,同じホルモンの支配下にある副生殖器にも一定の変化が起こる(内部的発情徴候)。そこで,これらの変化によっても発情を判断できる。直腸からの内部生殖器の触診や,腟鏡による腟および子宮外口の肉眼観察,子宮頸管粘液の粘度測定などである。また子宮頸管粘液を薄くガラスに塗布し乾燥させると,発情期に特徴的な結晶(シダ状結晶)が形成されるので,この方法も家畜ではよく利用される。発情の持続期間は動物によって異なり,ウシ,ヒツジ,ヤギでは18~40時間,ブタでは2~3日,ウマでは4~8日間である。
春機発動期をすぎ性成熟に達すると,動物は発情を示すようになる。シカ,オオカミ,アルマジロなどでは,発情は1年の特定時期(繁殖期)に1回の発情を示すが,他の大部分の動物では,一つの繁殖期に,複数の発情を周期的に繰り返す。この発情周期の長さは,ネコでは2週間,ウシ,ウマ,ヒツジなどでは2.5~3週間である。卵巣の状態から発情周期をみると,濾胞(ろほう)(卵胞)の成熟する濾胞期,濾胞から成熟卵が排出される排卵期,および排卵後の濾胞から黄体の発達する黄体期に分けられる。卵巣からは,濾胞期には主として発情ホルモン(エストロゲン)が,黄体期には主として黄体ホルモンが分泌される。これらのホルモンにより,生殖器,副生殖器の変化が調節されている。濾胞期の初期から中期にかけてを発情前期といい,排卵に先立って発情期に移り,黄体期が発情後期に対応する。黄体期のあと比較的変化の少ない時期があり,発情間期という。この期間が比較的長く続く場合,非発情期(非繁殖期)ともいい,このような動物が季節繁殖性を示すわけである。ヒトでは特定の繁殖期をもたず,年間を通じて約28日の周期で発情を繰り返すが,顕著な発情の徴候は示さない。
執筆者:吉田 高志
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動物が交尾可能な生理的状態にあることをいうが、おもには哺乳(ほにゅう)類の雌が形態的、生理的、行動的に雄との交尾を許容する状態をよぶ。哺乳類には季節的な繁殖期の存在するものが多い。また繁殖期のなかでも、発情期と発情間期が交互に周期的にくるものがある。一般に発情期に排卵するものが多いが、ウサギでは交尾の3時間後、ネコでは26時間後、イタチでは30時間後に排卵する。発情期ののちにイヌでは数か月、コウモリでは1年近くの休止期がくる。ネズミでは4~5日に1回の発情がくるが、照明や温度を一定にしておくと、一年中この短い発情周期が繰り返される。1922年にアメリカの動物学者ロングJ. A. LongとエバンズH. M. Evansは、ラットの発情周期には発情前期、発情期、発情後期、発情間期の各ステージがあり、腟(ちつ)壁の剥離(はくり)した細胞形態から容易にこれらの状態が判断できることを発見した。腟壁から遊離した細胞、白血球、粘液などを腟脂膏(しこう)(腟スメア)vaginal smearという。発情前期から発情期にかけて、下垂体の生殖腺(せん)刺激ホルモンの分泌が高まり、これに刺激された卵巣から発情ホルモンが分泌される。発情ホルモンは腟や子宮を刺激するとともに、雌の性行動も誘起する。発情期のラットでは夜間の行動量が増え、雄と出会うと耳を震わせたり跳ねたりして雄を誘う。発情期の腟から出るフェロモンのにおいで、雄は興奮して交尾行動に移る。雄が雌の背中にのると、雌はロードーシスlordosis(脊椎前彎(せきついぜんわん))をしてこれに反応する。ロードーシスは雌が発情しているときだけみられる交尾姿勢で、前肢を曲げ体前半を低くして、腰をあげ背を反らすものである。発情間期の雌は、ロードーシスはもちろん、雄を背乗りさせることもしない。テンジクネズミ(モルモット)では発情期にだけ腟口が開き、発情間期には腟膜ができて腟口が閉じる。
[高杉 暹]
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