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ハリー ハリー Harry(Henry) the Minstrel; Blind Harry

8件 の用語解説(ハリーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハリー
ハリー
Harry(Henry) the Minstrel; Blind Harry

1470~92年頃活躍のスコットランドの盲目の吟遊詩人。 18世紀にいたるまで人気のあった長編詩『ウォレス』 The Acts and Deeds of the Illustrious and Valiant Champion Sir William Wallace,Knight of Elderslieの作者とされている。

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デジタル大辞泉の解説

ハリー(Edmund Halley)

ハレー

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百科事典マイペディアの解説

ハリー

英国の天文学者。1703年オックスフォード大学教授,1719年グリニッジ天文台第2代台長。南天の星を観測,ハリー彗星の軌道を決定し回帰を予言,月の永年加速,恒星の固有運動等を発見。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ハリー

北海道、札幌開拓使麦酒醸造所が製造する地ビール。「開拓使ビールシリーズ。ヴァイツェンタイプ。

ハリー

サンリオのキャラクターシリーズ「パラダイス ライブス」のメインキャラクター。ハリモグラをイメージ。性別不詳。

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世界大百科事典 第2版の解説

ハリー【Edmund Halley】

1656‐1743
イギリス天文学者。I.ニュートンの友人。〈ハリーすい星〉の発見者として知られる。富裕な商人の息子としてロンドン生まれる。オックスフォード大学(クイーンズカレッジ)で天文学に関心をもって勉強した。1678年ローヤル・ソサエティ会員となる。80年代半ば,ハリーはニュートンの《プリンキピア》執筆に関して事実上のおぜん立てをし,万有引力の法則の優先権を巡って起こったR.フックとニュートンとの角逐にあいながらも,ねばり強くまとめ上げて出版にこぎつけた功労者である。

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大辞林 第三版の解説

ハリー【Halley】

ハレー

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ハリー
はりー
Edmund Halley
(1656―1742)

イギリスの天文学者。ハリー彗星(すいせい)の認定者。ロンドンの富商の息子として生まれる。数学・天文学に興味をもち、16歳でオックスフォード大学に入学、10代で天体観測術と軌道計算法に熟達、1676年中退してセント・ヘレナ島に遠征した。18か月の滞在期間中に南天351個の恒星位置を決定したうえ、水星の太陽面通過を観測して太陽視差決定法を考案した。1678年帰国後、母校から卒業認定を受け、かつ22歳でロイヤル・ソサイエティー会員に推挙された。1679年『南天恒星目録』を公刊するに及んで、その名声を確立し、1682年大彗星の出現を観測し、その正体究明に打ち込んだ。これが、1456年、1531年、1607年とほぼ76年ごとに回帰する周期彗星であると同定し、その軌道の力学的研究を試みた。この道の先達者ニュートンを訪ねて、楕円(だえん)軌道の可能性を教示された。14歳年長のニュートンとはこの期に知己を得て、師弟の間柄以上の友好を結び、彼の力学原理を出版するよう懇請し、1687年に『プリンキピア』の公刊となった。その際ハリーは執筆の激励、資料の提供、原稿の校読、校正の点検、出版費の負担を果たした。また自らも1705年に『彗星天文学概要』を著述、以後、例の大彗星はハリー彗星とよばれる。そのほか、1693年に月の長年加速を、1718年に恒星の固有運動を発見した。1703年オックスフォード大学教授に就任、1720年グリニジ天文台第2代台長に就任した。[島村福太郎]

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世界大百科事典内のハリーの言及

【オルバースのパラドックス】より

…オルバースH.W.M.Olbersが1823年に提起した宇宙の有限か無限かに関する設問。実はハリーE.Halleyがすでに1世紀前に提起したとの説もある。すなわち,宇宙が無限に大きく,しかも天体の数の密度が時間的空間的に一定ならば,空の明るさは昼夜の別なく無限大となるはずである。…

【海流】より

…1678年やはりオランダのキルヒナーはインド洋海洋図を刊行したが,その中には西向きの赤道海流およびアガラス(アグラハス)海流が明示されている。88年イギリスの天文学者E.ハリーはインド洋の季節風と共に変化する表層海流を示した。また北赤道海流と南赤道海流の間に赤道反流が流れていることも明らかにした。…

【彗星】より

…I.ニュートンは,すい星も万有引力の法則に従って運動し,その軌道は太陽を焦点とする放物線であると考え,その軌道計算法を発表した。E.ハリーはこの方法によって,それまで観測記録の残っているすい星の軌道を計算し,その結果,1531年,1607年,82年に出現した三つのすい星の軌道が非常によく似ていて,出現の間隔がほぼ76年であることから,これらは同一のすい星が繰り返し出現したものであると考え,次は1758年末か59年初めに再び現れるはずであると予言した。1758年12月25日夜,ドイツのアマチュア天文家パリッチJ.G.Palitzschがこのすい星の再現を観測し,周期すい星の存在が確認された。…

【生命表】より

…生命表との関係では,年齢別の死亡数をみる目が単なる数値として観察するのではなく,それを生みだした現実の社会生活とのかかわりあいで観察しようとする点で特徴点をもつ。一方,このような生命表の学問的な流れとは別個に,しかも独自に,数学の方向から生命表の近代的創造に貢献したのがオランダ人のウィトとイギリス人の天文学者E.ハリーである。前者は当時のオランダの財政危機を救うため,イギリスなどで行われていた生命年金を国家が行うという方策を考え,数千人の生命年金契約者から死亡法則を導いたとされ,これに由来する死亡表はグラントのそれより正確なもので,このためそれまでのウルピアヌスの生命表の方法はまったく用いられなくなってしまった。…

【生命保険】より

…ローマ帝政時代の埋葬費金庫,中世ギルドの疾病・死亡給付,古代イタリアの子女婚資給付制度,中世ヨーロッパの年金施設等々は,いずれも生命保険の先駆であった。17世紀に入って,1671年オランダのJ.デ・ウィットによる終身年金現価の算出,93年の天文学者E.ハリーによる生命表(ハリーの生命表,ブロツワフ表ともいう)の作成によって,合理的生命保険の基礎が与えられ,1762年に至って,生命表にもとづき,年齢に従って区別された保険料をもついわゆる近代的な生命保険会社エクイタブル・ソサエティSociety for the Equitable Assurance on Lives and Survivorshipがイギリスで設立され,64年から事業を開始した。 その後多くの生命保険会社が設立されたが,これらの近代的な保険会社は,みずからの経験を基礎とした経験死亡表の作成,保険料積立金の合理化,配当方法の適正化を進めて生命保険企業の合理性を高める一方,19世紀末には大衆のための簡易保険を始めた。…

【地球空洞説】より

…独自の科学的論拠(水平線が必ずしも弧を描いていないとする測量結果など)を提示する場合と,古代の空想的宇宙観や聖書の教えを擁護することを目的とする場合など,主張の動機はさまざまである。地球空洞説の始まりは,1683年にハリー彗星に名を残すハリーが唱えた説によるといわれ,彼は地球内部にそれぞれ火星,金星,水星と同じ大きさの内球があると説き,その地球内世界に生物が住むことも可能だろうと示唆して,北極に見られるオーロラは地下光が漏れ出たものと推測した。1818年にはアメリカの軍人シンメスJohn Cleves Symmes(1780‐1829)が南北両極に直径数千マイルの穴があいていると主張,その内部には地下世界が同心球状に存在し,地表の海は極の穴から内部に流れこんでいるとした。…

【天文学】より

…小惑星は現在(1983)2880個以上発見され,いずれも火星と木星との間に散在する。ニュートンと同時代のE.ハリーは〈ハリーすい星〉の研究者として著名であるが,同時に星の〈固有運動〉を発見した。彼はまたJ.フラムスティードに次いでグリニジ天文台の第2代台長となった。…

【天文台】より


[イギリスの天文台]
 1675年チャールズ2世は,当時のイギリスが世界を制するために不可欠であった航海術の発展を重視し,船位確認の基礎になる恒星位置の精密な決定を主要研究テーマとして,ロンドン郊外にグリニジ天文台を建設した。初代台長のJ.フラムスティードに次いで2代台長をつとめたE.ハリーは,1705年ハリーすい星が周期すい星であることを見つけ,また18年にはシリウス,アークトゥルスなどの位置とT.ブラーエの観測値との差が,恒星の固有運動によるものであることをつきとめた。3代台長J.ブラッドリーも,光行差や章動の発見者として著名である。…

【保険】より

…その中で18世紀初頭にアミカブル・ソサエティAmicable Societyが今日の生命保険保険業に一歩近づいた形で事業を始めたが,掛金額は年齢に関係なく一律に定めていた。 一方,1693年に天文学者E.ハリーが近代的な生命表を作成した。そして1762年に設立されたエクイタブル・ソサエティ社Equitable Societyは,初めて死亡率を用いた年齢別保険料を採用し,科学的な保険制度を創始した。…

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