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バモー Ba Maw

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

バモー Ba Maw

1893-1977 ビルマ(ミャンマー)の政治家。
1893年2月8日生まれ。イギリス統治下,新統治法により1937年インドから分離後のビルマ初代首相。1939年辞職し,反英のビルマ自由同盟を組織。1943年日本の支配下でビルマ独立がみとめられ,元首となる。戦後,潜伏先の日本で戦犯として逮捕されたが,のち釈放されて政治活動を再開した。1977年5月29日死去。84歳。ラングーン大(現ジャドソン大)卒。著作に自伝「ビルマの夜明け」。

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世界大百科事典 第2版の解説

バモー【Ba Maw】

1893‐1977
ビルマ(現,ミャンマー)の政治家。中国国境に近いマウービンの出身。ラングーン大学の前身ジャドソン・カレッジ卒業後,カルカッタケンブリッジ,ボルドー各大学に学び,1924年イギリス高等法院の弁護士資格を取得。帰国後,ターヤーワディ地方を中心に起こった農民一揆(1930‐32)の首謀者サヤーサンの弁護で名をあげた。33年貧民党を結成して政界に進出,34年教育相,37年財務相を歴任。インドからのビルマ分離後の37年初代首相に任命されたが,38年7月と9月の反インド人暴動,同年1月と11月の油田労働者の大デモ,警官隊に蹴散らされた政庁包囲の学生のうち1人の死亡,39年2月のマンダレーにおける学生,僧侶のデモ隊に対する警官隊の発砲など,一連の事件で39年下野した。

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大辞林 第三版の解説

バモー【Ba Maw】

1893~1977) ビルマの政治家。独立運動に参加し、ビルマがインドから分離した1937年初代首相となる。43年対日協力政権の首相。日本の敗戦後は日本に逃れたが、帰国して野党のマハーバマ党首。バー=モー。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バモー
Bhamo

ミャンマー北部,カチン州,バモー郡の行政中心地。マンダレーの北北東約 280kmに位置し,エイヤーワディ川に面するバモー盆地の中心地。古くから東方の中国ユンナン (雲南) 省と南方のマンダレーを結ぶ交易,軍事上の要地であった。中国では蛮暮と呼ばれ,元,明,清時代にはたびたび激戦の地となった。小蒸気船のエイヤーワディ川遡航最終点。住民はカチン族,ビルマ人,シャン族から成る。付近ではイネ,コーヒー栽培が行われている。人口7万 8183 (1983) 。

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世界大百科事典内のバモーの言及

【ミャンマー】より

…上・下両院から成る立法評議会の選挙が行われ,任命制の長官10名で構成される行政参事会が設けられた。初めて成立したビルマ人の政権は,バモーを首班とするものであった。1930年代は,急進的な民族主義者が台頭した時代でもある。…

※「バモー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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