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バラモン教 バラモンきょうBrahmanism

翻訳|Brahmanism

5件 の用語解説(バラモン教の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バラモン教
バラモンきょう
Brahmanism

インド古代の宗教。バラモンが司祭し指導したためヨーロッパ人が便宜的につけた名称。仏教興起以前のヒンドゥー教をいい,そのうちの最古の段階を「ベーダの宗教」ということもある。アーリア人インダス川上流地方に侵入し,先住民を征服してこの地方に定住,発展する間に次第に形成された信仰。

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デジタル大辞泉の解説

バラモン‐きょう〔‐ケウ〕【バラモン教】

古代インドで、バラモン階級を中心として行われた民族宗教ベーダ聖典を根本として複雑な祭式規定を発達させた。インドの哲学観念や社会制度の強固な基盤となった。

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百科事典マイペディアの解説

バラモン教【バラモンきょう】

漢字では婆羅門教。古代インドの民族宗教。前13世紀ころ,アーリヤ人がインドに侵入し,そこで成立させた宗教。ベーダを根本聖典とするので,ベーダの宗教とも呼ばれる
→関連項目サータバーハナ朝自由思想家ブラフマン六派哲学

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世界大百科事典 第2版の解説

バラモンきょう【バラモン教】

ヒンドゥー教の前身で,しかもその核となっている宗教,社会思想。〈バラモン教Brahmanism〉という語は近代になってからの英語の造語であるが,これに最も近い意味をもつサンスクリットは,おそらく〈バイディカvaidika〉(ベーダに由来するものごと)である。つまり,バラモン教とはベーダの宗教であるといってさしつかえない。 バラモン教は,《リグ・ベーダ》《サーマ・ベーダ》《ヤジュル・ベーダ》《アタルバ・ベーダ》の4ベーダ,およびそれに付随するブラーフマナアーラニヤカウパニシャッドを天啓聖典(シュルティ)とみなし,それを絶対の権威として仰ぐ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バラモン教
ばらもんきょう

古代インドにおいて、仏教興起以前に、バラモン階級を中心に、ベーダ聖典に基づいて発達した、特定の開祖をもたない宗教。およそ紀元前3世紀ころから、バラモン教がインド土着の諸要素を吸収して大きく変貌(へんぼう)して成立してくるいわゆるヒンドゥー教と区別するために西洋の学者が与えた呼称で、ブラフマニズムBrahmanismと称する。バラモン教(婆羅門教)はその邦訳語。バラモン教はヒンドゥー教の基盤をなしており、広義にヒンドゥー教という場合にはバラモン教をも含んでいる。前1500年ころを中心に、インド・アーリア人がアフガニスタンからヒンドゥー・クシ山脈を越えてインダス川流域のパンジャーブ(五河)地方に進入し、さらに東進して肥沃(ひよく)なドアープ地方を中心にバラモン文化を確立し、バラモン階級を頂点とする四階級からなる四姓制度(バルナvara)を発達させた。彼らはインドに進入する際、それ以前から長い間にわたって保持してきた宗教をインドにもちきたり、それを発展させ、進入時からおよそ前500年ころまでの間に、『リグ・ベーダ』をはじめ、ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッドを含む膨大な根本聖典ベーダを編纂(へんさん)した。
 その内容は複雑多様であるが、彼らが進入以前から抱いていた自然神崇拝、宗教儀礼、呪術(じゅじゅつ)から高度な哲学的思弁までも包摂している。その宗教の本質は多神教であるが、『リグ・ベーダ』に端を発する宇宙の唯一の根本原理の探求はウパニシャッドにおいてその頂点に達し、宇宙の唯一の根本原理としてブラフマン(梵(ぼん))が、個人存在の本体としてアートマン(我(が))が想定され、ついには両者はまったく同一であるとする梵我一如の思想が表明されるに至った。またウパニシャッドで確立された業(ごう)・輪廻(りんね)・解脱(げだつ)の思想は、インドの思想・文化の中核となったばかりか、仏教とともにアジア諸民族に深く広い影響を与えている。ベーダの神々のなかには、帝釈天(たいしゃくてん)や弁才天のように日本で崇拝されているものもある。[前田専學]

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世界大百科事典内のバラモン教の言及

【インド】より

…この文明の終末とほぼ同じころ,アーリヤ人がヒンドゥークシュ山脈を越えて西北インドに進入し,この文明の遺跡に近いパンジャーブ地方に定着して,前1200年を中心に《リグ・ベーダ》を編纂した。その後,前500年ころまでに主要なベーダ聖典が編纂され,いわゆるバラモン教の根本聖典が成立した。《リグ・ベーダ》の宗教は多神教であり,主として太陽神や火神などの自然神や司法神バルナ(水天)や武勇神インドラ(帝釈天)のような擬人化された神々が崇拝されている。…

【釈迦】より

…彼の従弟とされ,のちに彼に離反するデーバダッタDevadatta(提婆達多)からは狂象をけしかけられ,祇園精舎ではバラモンたちから女性と密通しているとの虚偽の告発がなされた。実際,釈迦の教えはバラモン教の階級制度や祭式至上主義を脅かすものであった。彼の教団では僧の順位は出身階級に関係なく,出家後の年数で決められた。…

【年中行事】より

…なお,〈朝鮮〉の項目のうち[生活文化と社会]を参照されたい。【依田 千百子】
[インド]
 古代インドにおけるバラモン教の聖典ベーダの一部を構成する家庭祭式の書グリヒヤ・スートラ(前6~前3世紀ころ)には,家庭で行われていた一連の季節祭の儀軌がみられる。ベーダに伝えられる祭式の枠組みに従い,これらの祭りは複雑な手続による諸神格への火供(祭火に供物を投ずること)を中心に構成されるが,それに付け加えられたそれぞれの祭りに固有な儀礼からは,日常生活や生産活動に深くかかわる年中行事の要素をみることができる。…

【バラモン】より

…この過程でバラモンとクシャトリヤの間に最高位をめぐる争いもあったが,大局的にみると,前者が後者の統治権の正統性を宗教的に承認し,後者が前者を物質的に支えるという相互依存関係により,双方とも特権的身分を得ている。 バラモンの指導する祭式万能主義の宗教はバラモン教と呼ばれる。ドアーブ地方に成立したバラモン教は,アーリヤ文化の伝播に伴って周辺の地に伝わり,その結果,先住民のアーリヤ化が進行した。…

【ヒンドゥー教】より

…ヒンドゥー教徒の中には,自分たちの宗教を〈サナータナ・ダルマSanātana‐dharma(永遠の法)〉とか〈バイディカ・ダルマVaidika‐dharma(ベーダの法)〉と呼ぶ人もいるが,それほど一般的とはいえない。 ヒンドゥー教という語は,しばしばバラモン教と区別して使用されることがある。この場合には,バラモン教は仏教興起以前に,バラモン階級を中心に,ベーダ聖典に基づいて発達した宗教を指す。…

【ベーダ】より

…古代インドのバラモン教の聖典の総称。インド最古の文献であり,古代インドの宗教,神話はもちろん,社会事情一般を知るうえで不可欠の重要な資料とされる。…

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