日本大百科全書(ニッポニカ) 「アグニ」の意味・わかりやすい解説
アグニ
あぐに
Agni
古代インドの火の神。阿祇儞または阿祇尼の字をあてる。ラテン語ignisなどと同一語源で、原始インド・ヨーロッパ人が家庭生活の中心であった「炉の火」を神聖化し、これに厄除(やくよ)け、浄化の機能を帰して崇拝していたものの名残(なごり)と思われる。インド最古の聖典『リグ・ベーダ』のなかでは、全体の5分の1がこの神への賛歌で、インドラに次いで重要な神であった。黄金の顎(あご)と歯をもち、炎を頭髪となし、3個あるいは7個の舌をもつ。彼は自己のなかに投じられた信者の供物を天上の神々に運ぶと信じられたことから、神と人間の仲介者、祭官の塑型と目された。
毎朝点火されるのでつねに若く、また太古より存在するためもっとも古い神といわれるが、諸神格中にあっては家庭の神として親近感がみなぎり、家の賓客とされ、家内安全、子孫繁栄の神となった。他面、空界では雷光、人体中では消化の火、憤怒(ふんぬ)の火、思想の火としても存在し、燧木(ひうちぎ)より生まれ、また水との関係も深かった。その浄化の力は後世の神明裁判にも明らかで、火は潔白なる者を焼かない、と信じられた。また護世八天の一つとして南東の方位をつかさどった。
[原 實]