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パシュカーニス

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百科事典マイペディアの解説

パシュカーニス

ソ連の法学者。法は商品交換社会の産物であり,社会主義社会では本来法は死滅すると説いた。1937年にビシンスキーに批判され,失脚。スターリン批判後,名誉回復。主著《法の一般理論マルクス主義》。

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世界大百科事典 第2版の解説

パシュカーニス【Evgenii Bronislavovich Pashukanis】

1891‐1937
1920年代から30年代中期にかけてのソ連邦の代表的マルクス主義法学者。リトアニア人の医師の家に生まれ,ペテルブルグでのギムナジア時代から革命運動に参加する。1910年国外追放となり,ミュンヘン大学に学ぶ。十月革命後の18年にロシア共産党に入党。この年から社会主義社会科学アカデミーで活動する一方,裁判所,外務人民委員部で実務に従事。22年より社会主義(のち共産主義)アカデミーの法・国家の一般理論セクションの指導的メンバーとなる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パシュカーニス
ぱしゅかーにす
Евгений Брониславович Пашуканис Evgeniy Bronislavovich Pashukanis
(1891―1937)

1920年代から1930年代なかばにかけてのソ連の代表的なマルクス主義法律家。社会主義アカデミー(後の共産主義アカデミー)の法学部門に属し、1930年代には同アカデミーソビエト建設・法研究所長に就任、1936年憲法の起草作業にも参加し、司法人民委員代理を務めたが、その後「粛清」の犠牲となり不幸な死を遂げた。理論的業績は多岐にわたるが、彼の名を高からしめたのは「パシュカーニス理論」として知られる法の一般理論分野での仕事である。資本主義社会における成熟した法の体系に即して、法を社会関係の特殊な形態としてとらえ、この形態の独自の論理をマルクス『資本論』の交換過程論の解釈に基づき商品所有者間の意思関係に求めるとともに、法の一般理論を『資本論』叙述と同様の「上向法」によって体系化しようとした。この試みは1936年憲法成立後、「交換理論」、社会主義法を本質的にブルジョア法的なものとみなしてその「死滅」を説く反マルクス主義的理論等として批判されたが、国際的にはそのユニークさが高く評価され、ソ連においてもスターリン批判後あらためて客観的な位置づけがなされるようになり、1980年には主著『法の一般理論とマルクス主義』が再刊されるに至っている。[大江泰一郎]
『稲子恒夫訳『法の一般理論とマルクス主義』改訂版(1967・日本評論社) ▽藤田勇著『ソビエト法理論史研究』(1968・岩波書店)』

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