マルクス主義法学(読み)マルクスしゅぎほうがく

改訂新版 世界大百科事典 「マルクス主義法学」の意味・わかりやすい解説

マルクス主義法学 (マルクスしゅぎほうがく)

マルクス主義法学が〈法学Rechtswissenschaft,Rechtslehre〉として展開するのは20世紀のロシア社会主義革命以降であるが,その思想的・方法的基礎である国家・法のマルクス的把握の成立は,19世紀の40年代にさかのぼる。

人間の〈政治的解放〉をもたらした市民革命はその所産として市民社会と政治社会との分裂・矛盾をもたらした。その克服が思想的課題となっていた1840年代に,マルクスは,この矛盾の止揚を〈倫理的理念の現実体〉としての国家に求めるヘーゲルの〈理性国家〉論に対する批判から出発し,市民社会=〈諸個人の物質的交通の全体〉に歴史の発展の基礎をみる唯物論的歴史把握の方法を確立した。そして,さらに進んで,A.スミスらの古典経済学の批判を通じて市民社会=ブルジョア社会の〈解剖学〉(〈資本論〉の項参照)を構築し,プロレタリアートを主体とするこの社会の革命的止揚と共産主義社会への移行による人間の〈社会的解放〉の必然性を洞察する。近代政治・法思想を特徴づける法学的世界観(〈法の支配〉論)を根本的に批判して法思想上まったく新しい地平を切り開いたマルクスの法思想は,この過程でマルクスの思想・理論体系の一環として形成された。その特徴は次のように要約できよう。

(1)国家と法は,所与の歴史的社会構成体の生産諸関係の総体を〈実在的土台〉とするその〈上部構造〉または〈イデオロギー的形態〉で,それらは,この生産諸関係およびそれによって規定される階級諸関係から,多段階の媒介を経て,相対的に自立的なものとして生い立ち,またそれら諸関係を媒介し,それらに逆作用を及ぼすのであるが,〈究極的には〉生産諸関係の総体によってその形態・性格を規定され,不可避的に階級的性格を帯びる。

(2)ブルジョア社会では,労働力の商品化によって人々の関係があまねく商品形態でおおわれ,そのため,労働者の創出する剰余価値の資本家による領有appropriationと労働者のそれからの排除expropriationというこの社会の根源的関係が,社会の表面では,転倒した姿で,独立人格者の自由・平等の関係として現れる。〈物象化〉と〈法律化〉が実在的社会関係を隠蔽する。他方,私的利害の分裂を特徴とするこの社会では,経済的に支配する階級=ブルジョアジーの共同利害が私的利害に対立して独立化するが,それが国家によって担われ,法律として表現されることにより,社会の全成員の普遍的利害として現れる。ブルジョアジーの政治的支配の組織である国家,この階級の共通意思の表現である法律に〈幻想的共同性〉が付与される。こうして法学的世界観(〈法の支配〉論)がこの社会の支配的イデオロギーとなる。

(3)だが,資本・賃労働関係の矛盾はブルジョアジーとプロレタリアートとの階級闘争を必然化し,プロレタリアートは法学的世界観の虚偽性の暴露を通じて階級意識を高めつつ政治権力の獲得に至る。革命的過渡期の〈プロレタリア独裁〉によって私的所有と階級一般が廃絶されたあかつきには,〈本来の意味の政治権力〉も社会関係の法的形態も死滅する。

1917年のロシア革命後,〈プロレタリア独裁〉のもとでの実定法体系が成立し,マルクス主義がその社会の支配的思想となるに至って,それまで革命思想の一環として形成されてきたマルクス主義法思想は,実定法諸科学を含む法学体系の形をとって発展するようになった(ブルジョア法批判の学から過渡期の法の理論へ,さらに社会主義法学へという展開。〈パシュカーニス〉〈ストゥーチカ〉〈ビシンスキー〉の各項参照)。他方,マルクス主義の国際的普及にともない,資本主義諸国の法学の中にもマルクス主義が浸透し,さまざまのレベルでマルクス主義法学を成立せしめる。総じて今日それは,法現象に関する基礎理論(法哲学,法社会学,実定法の一般理論など),法史学および実定法諸科学を包括する学問体系としてとらえられている。

 マルクス主義法学は,20世紀における資本主義の変動,その政治的・法的上部構造の複雑な変貌,ロシア革命以降の〈ソビエト法〉〈社会主義法〉の成立とそれ自体の変還という歴史の展開の中で,法の概念的把握そのものをはじめとする方法的基礎に関する曲折に富む道を歩んできた。成立期に主導的存在形態であったソ連における〈マルクス・レーニン主義法学〉は,1930年代以降,対象変革の実践的・批判的認識の学たるマルクス主義本来の性格を喪失してゆくのであるが,そのことを劇的に表明したスターリン批判以降は,それはマルクス主義法学の特殊な一存在形態として位置づけられることとなる。

 日本では,平野義太郎《法律における階級闘争》(1925)を起点とする戦前のマルクス主義法学形成過程の伝統を継承しながら,1945年以降,マルクス主義の立場に立つ,あるいはその影響を受けた法学研究が法律学界の一潮流を形成してきた。ここでは,《日本資本主義発達史講座》(1932-34)の方法を継承し,民主主義的変革を主導理念としながら,戦後日本社会の特殊な政治的支配の構造と二元的法体系(憲法と安保法体系)の批判的分析,ブルジョワ法の史的展開における国家独占資本主義段階の法の特殊性の分析など,〈現代日本法〉の分析が主要課題とされてきた。同時に,戦後世界の法学方法論の展開に対応して,マルクス主義の立場からの法の存在構造の理論的認識方法についても独自の試みが行われてきた(法のゲネシス論および現象形態論,体系論,歴史論等々)。《マルクス主義法学講座》(全8巻,1976-80)はその一つの到達点といえよう。
社会主義法 →マルクス主義
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルクス主義法学」の意味・わかりやすい解説

マルクス主義法学
まるくすしゅぎほうがく

マルクス主義(科学的社会主義、史的唯物論)の立場から法と国家を解明しようとする学問。それによれば、国家は、非和解的な階級対立に分裂した社会のうえにたつ、外見上超階級的な、しかし基本的に支配階級によって掌握される暴力機構であり、法は支配階級の利益のためのイデオロギー的上部構造である。したがって法は、社会関係に規制作用(「反作用」)を及ぼしながらも、究極的には経済的土台によって客観的に制約される。大別して、法を、〔1〕商品交換におけるような、自由で独立な対等当事者間の私的利益(権利)の相互承認関係(権利義務関係)とみるもの(1920年代ソ連のパシュカーニスなど)と、〔2〕国家を通じて公的意思として表現され強制的に保障される階級意思たる法規範とみるもの(1930年代以降のソ連の通説)とがある。〔1〕は法が現象する際の姿(形態)に、〔2〕は法の内容ないし本質に着眼している。〔1〕は法が商品交換とともに発生・成熟・衰退・消滅すると考えるので、資本主義法(ブルジョア法)をもっとも成熟した法と考え、社会主義の法を死滅に向かう過渡期の法(死滅しつつあるブルジョア法)ととらえることになるが、〔2〕は階級社会の各段階に応じて固有の法体系(奴隷所有者法、封建法、ブルジョア法、社会主義法など)が存在すると考える。いずれの場合も、法は歴史的な存在であり、高次の共産主義社会においては、国家とともに「死滅」するものと展望される。

[名和田是彦]

『藤田勇著『ソビエト法理論史研究 1917―1938』(1968・岩波書店)』『藤田勇著『法と経済の一般理論』(1974・日本評論社)』『天野和夫・片岡曻・長谷川正安・藤田勇・渡辺洋三編『マルクス主義法学講座』全8巻(1976~80・日本評論社)』『『所有権法の理論』(『川島武宜著作集 第7巻』所収・1981・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルクス主義法学」の意味・わかりやすい解説

マルクス主義法学
マルクスしゅぎほうがく
Marxist jurisprudence

マルクス主義思想を根底に据えて展開される法理論。観念論的に法を研究するブルジョア法学に対し,K.マルクス,F.エンゲルスは唯物弁証法によって生産関係すなわち土台 (下部構造) と,その上に形成される政治的,法的関係およびイデオロギー的所産など (上部構造) とを分け,両者が相互に作用,反作用の関係にあることを認めつつも,究極的には土台によって上部構造が規定されることを明らかにした。さらに,国家や法は社会の一定の歴史的発展段階において初めて成立する歴史的現象であるととらえ,法とは支配階級が被支配階級を強圧的に支配するための手段であり,階級のない共産制社会では,法も国家も死滅すると論じた。日本では,高度に発達した資本主義法 (国家独占資本主義段階の法現象) の構造,特質の研究,ブルジョア的法イデオロギーの批判などが,マルクス主義法学の主たる課題とされている。

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