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パラッツォ パラッツォ palazzo

翻訳|palazzo

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パラッツォ
パラッツォ
palazzo

イタリア語で「邸館」を意味する。ルネサンス期のイタリアでは富裕な市民により,都市の街路に面して大規模な邸館が建てられ,これをパラッツォと呼んだ。これは住宅にモニュメンタルな性格を与えたものであり,一般には中庭をとり,これに面して3~4層の階をめぐらして,2階以上を居室にあてる。

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デジタル大辞泉の解説

パラッツォ(〈イタリア〉palazzo)

王宮。宮殿。大邸宅。

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百科事典マイペディアの解説

パラッツォ

宮殿を意味するイタリア語。英語ではpalaceフランス語ではpalaisドイツ語ではPalast。イタリアでは特にルネサンス期の宮殿や上流階級の邸宅,居館をさし,またベネチアパラッツォ・ベッキオのように公共の建物をいうこともある。
→関連項目回廊ミケロッツォ・ディ・バルトロメオ

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世界大百科事典 第2版の解説

パラッツォ【palazzo[イタリア]】

宮殿,館邸,庁舎を意味する語。英語のパレスpalaceに対応。ローマ皇帝アウグストゥスの宮殿がパラティヌスPalatinus丘にあったことから,宮殿がラテン語でパラティウムpalatiumとよばれ,これが語源となった。 中世末以降,中庭を囲んで諸室を配する方形の大規模複層建築としてのパラッツォの典型が確立され,ルネサンス時代には内に優雅な中庭柱廊,外に威厳あるルスティカ仕上げないしオーダーをもつ壮麗なパラッツォ・メディチ・リカルディ(設計ミケロッツォ)。

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大辞林 第三版の解説

パラッツォ【palazzo】

イタリアの都市に建つ宮殿・大邸宅。市庁舎・裁判所などの公共建築もさす。ルネサンス期のパラッツォは、中庭をもつ石積みの三階建ての住宅。 → ビラ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パラッツォ
ぱらっつぉ
palazzoイタリア語

一般にはラテン語のパラティウムpalatiumを語源とするパレスpalace(英語)、パレpalais(フランス語)、パラストPalast(ドイツ語)と同じく各国共通の用語で、宮殿を意味する。元来パラティウムはローマにある一つの丘の名称(固有名詞)であるが、ここに古代ローマの諸皇帝の住居が建てられたことから、宮殿を意味する普通名詞としても使われた。一方、建築史のうえでとくにパラッツォの語を用いる場合には、イタリアの中世からルネサンスにかけて造営された宮殿に限らず、政庁舎から個人邸宅までを含む都市建築を総称する。
 中世のイタリア、とくにトスカナ以北の内陸地方では、混乱の時代を反映して、パラッツォに高塔を併設して壁体を厚く巡らし、窓を上階にあけて防御体勢を整える形式が流行した。一方、商港都市ベネチアでは、開放的な外廊を巡らして軽快な外観をみせ始め、この種の平面プランは同地において長く行われた。13世紀末になると、ロンバルディア地方に都市政庁としての独特のパラッツォ形式が定着する。二階建て長方形で、一階には外廊を巡らし、二階には単一の広間が開ける単純な形式であったが、のち地域により多様な変貌(へんぼう)を遂げた。
 15世紀に入ると、トスカナ地方、とくにフィレンツェにおいてパラッツォは都市建築のもっとも重要な課題となるが、当地のこの種の建造物には次のような特徴が認められる。階数は三階で、各階の高さは階が高まるごとに減少するが、一階目の高さは現在の住宅建築の約2倍ある。壁面には粗い石材によるルスティカ方式が採用され、一階はきわめて粗く、二階は目地だけくぼませ、三階は平滑にと、しだいに軽快になる。窓は、一階では小さくしかも厳重に保護されるが、上階では大きく、壁面構成によく調和するよう配置される。建物の上端には壁面と均衡を保つように重厚な軒が配され、建物の立体的効果を強調する。建物の外観には建築主の好みや設計者の意図によって多様な変化が生まれるが、内部の使用目的によって外部の構成が崩されることはない。そして、内部には中庭が広くとられ、これを囲んで柱廊が配され、その一角に大階段を設けて上階の通廊や各室に導くようになっている。この、フィレンツェで確立された形式は、その後ローマにおいていっそう豪華さを増すが、バロック時代に入っても実質的な変化はなかった。しかし16世紀に入ると、建物の外観だけでなく、中庭の閉ざされた空間の透視画的な処理が重要視されるようになった。
 イタリア各地に歴史的なパラッツォは数多いが、代表的なものは次の諸事例であろう。[濱谷勝也]

パラッツォ・メディチ・リッカルディ

Palazzo Medici-Riccardi(フィレンツェ) メディチ家の当主コジモの要請により、最初に設計に着手したのは大建築家ブルネレスキといわれる。しかし、そのあまりの威容が市民の反感を誘うことを恐れたコジモは、この設計案を拒否し、改めてミケロッツォ・ディ・バルトロメオに設計を依頼、1444年に起工、59年に完成された。前述のトスカナ地方の典型的様式を備えた最初の事例であるが、1659年にリッカルディ家の所有になったのち、補修・拡張が加えられたため、創建当時とは異なっている。[濱谷勝也]

パラッツォ・ファルネーゼ

Palazzo Farnese(ローマ) ルネサンス全期を通じてもっとも傑出したパラッツォで、枢機卿(すうききょう)アレッサンドロ・ファルネーゼ(後の教皇パウルス3世)の委嘱を受けた若いほうのアントニオ・ダ・サンガッロが1514年ごろ起工。しかし、二度にわたる設計変更のため工事が遅れ、46年のアントニオの死後、ミケランジェロが外壁上端の軒や中央玄関を改めて設計し直し、重厚で威圧するような外観を整えた。ミケランジェロはさらに、広い中庭に面した壁面を装おう各階ごとの軒、片蓋(かたぶた)柱、窓などをすべて古典的モチーフで統一し、内部空間の視覚的効果を強調している。ついでジャコモ・ダ・ポルタが北西側の柱廊を追加し、1589年に工事が完了した。[濱谷勝也]

パラッツォ・ベンドラミン・カレルギ

Palazzo Vendramin Calergi(ベネチア) この都市は群集した小島の上に発達したため、パラッツォのほとんどが主要な通路である大運河に面して軒を並べることになり、したがって建物の正面がとくに重要視されてきた。コドゥッチが起工、ロンバルド父子により1509年に完成されたこの建物は、ベネチアにおけるルネサンス様式のもっとも美しいパラッツォで、正面は大きな装飾窓の間に交互に片蓋柱を組み込み、階層ごとの立体感のある軒との交錯によって優れた装飾効果をみせている。作曲家ワーグナー終焉(しゅうえん)の家としても有名である。[濱谷勝也]

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世界大百科事典内のパラッツォの言及

【宮殿】より

…場合によっては,と同格のこともある。ヨーロッパでは,英語のパレスpalace,フランス語のパレpalais,ドイツ語のパラストPalast,イタリア語のパラッツォpalazzoといった語に対応するが,それらの意味するところは,地域や時代によって異なる。とりわけパラッツォは,近世以降のイタリアの貴族や大ブルジョア層が築いた壮大な都市住居(邸館)を指した。…

【宮殿】より

…場合によっては,と同格のこともある。ヨーロッパでは,英語のパレスpalace,フランス語のパレpalais,ドイツ語のパラストPalast,イタリア語のパラッツォpalazzoといった語に対応するが,それらの意味するところは,地域や時代によって異なる。とりわけパラッツォは,近世以降のイタリアの貴族や大ブルジョア層が築いた壮大な都市住居(邸館)を指した。…

【ゴシック美術】より

…サンタ・クローチェ教会は,広い空間にボールトを架すことをやめて木造天井とし,実際的解決法をとっている。 イタリア・ゴシック建築の特色あるもう一つの部門は,その諸都市の政庁,組合や豪商・貴族のパラッツォ(邸館)などの世俗建築である。フィレンツェのパラッツォ・デル・ポデスタ(1255),パラッツォ・ベッキオ(1298‐),シエナのパラッツォ・プブリコ(1289)が,いかめしい壁体に窓を重ね,そこにわずかの装飾を付し,ベネチアのパラッツォ・ドゥカーレ正面(1309‐1424)は開放されたアーケードの上に豪放な壁体をのせ,窓をあけ,アーチや窓のデザインに燃えるような壮観をあたえている。…

【ルスティカ】より

…古代ローマ建築の一部にすでに現れていたが,ロマネスク時代の中部イタリアの城郭風邸宅に好んで用いられた。ルネサンス時代のイタリア全土でパラッツォに使われ,建築書などを通じてアルプス以北の諸国でも大いに愛好された。石材のみでなく,煉瓦造の壁のスタッコ仕上げにもしばしば適用される。…

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