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ピカビア Picabia, Francis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピカビア
Picabia, Francis

[生]1879.1.22. パリ
[没]1953.11.30. パリ
フランスの画家。 F.コルモンの弟子。 1903年 A.シスレー風の風景画をアンデパンダン展に出品,09年頃からキュビスムに接近した。 12年「セクシオン・ドール (黄金分割) 」展に参加,翌年アメリカに渡り,M.デュシャン,M.レイらとニューヨークダダ的運動を興し,ダダの雑誌『391』の出版などを手がけ,18年チューリヒのダダ運動に参加したが,21年 A.ブルトンとともにダダを離れ,シュルレアリスム形成に尽力。またバレエの舞台装置も手がけた。主要作品『ウドニー』 (1913,パリ国立近代美術館) など。

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デジタル大辞泉の解説

ピカビア(Francis Picabia)

[1879~1953]フランスの画家。印象派からフォービスムキュビスムなど次々と画風を変え、1910年代にはデュシャンらとともにニューヨークにダダの運動をもたらした。その後、ダダを離れ具象絵画を描き、また後年、超非現実主義絵画と称する純抽象画も発表した。

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百科事典マイペディアの解説

ピカビア

フランスの画家。パリ生れ。キュビスムの一集団〈セクシヨン・ドール〉やオルフィスムのグループに加わったのち,1913年のアーモリー・ショーへの参加をきっかけとして欧米を往き来し,各地のダダ運動に参加。
→関連項目クレールブルトンマン・レイ

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世界大百科事典 第2版の解説

ピカビア【Francis Picabia】

1879‐1953
フランスの画家。キューバ人を父としてパリに生まれる。パリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)や装飾美術学校などで学ぶ。最初,印象派の影響を受けるが,1909年からキュビスム(ピュトーPuteaux派)に参加。11年〈セクシヨン・ドールSection d’Or〉創立に加わり,アポリネール,デュシャン3兄弟,R.ドローネーらと親交を深める。13年ニューヨークの〈アーモリー・ショー〉に参加したころから欧米間を行き来し,ニューヨーク,バルセロナ(雑誌《391》刊行),チューリヒでダダの運動に加わり,パリに戻ってダダ,さらにシュルレアリスムの活動を続けた。

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大辞林 第三版の解説

ピカビア【Francis Picabia】

1879~1953) フランスの画家。フォービスムやキュービズムなど、次々にスタイルを変える。1910年代にはデュシャンらとともに、ダダの運動に参加した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピカビア
ぴかびあ
Francis Picabia
(1879―1953)

フランスの画家、詩人。キューバ人の家系にパリで誕生。国立パリ美術学校に学び、1903年アンデパンダン展に出品、後期印象派の風景画家として評価されていたが、立体主義(キユビスム)に転じ、黄金分割派に加盟したもののまもなく脱退し、13年アメリカで写真家スティーグリッツの反絵画的雑誌『291』を知り、その誌上に機械の設計図もどきのデッサンを発表。17年バルセロナで個人雑誌『391』を創刊し、24年パリで刊行する第19号まで続けた。これは小冊子ながら近代芸術運動の震源の一つとなった。表現派や未来派にも関心を寄せたが、ダダイスムの重要な推進者として活躍、のちにシュルレアリスムに移り、やがてそれからも離脱して具象絵画に復帰したかと思うと、45年からはふたたび抽象の世界に没入した。
 1918年ごろから熱中した詩作は『母なく生まれた娘の詩と素描』をはじめ『言語なき思考』(1919)、『変な外人イエス・キリスト』(1920)などから『詩選』(1945)を経て最後の詩集『591』に及ぶ。24年には自作のバレエ『休演中』(サティ音楽、ボルラン振付け)の装置、衣装はもとより、幕間(まくあい)に上映する映画(ルネ・クレール監督)のシナリオも執筆した。さまざまな前衛運動を遍歴したのも、一流派に属することを拒み、絶えず権威を嘲弄(ちょうろう)し続ける姿勢からであり、その制作のすべては黒い諧謔(かいぎゃく)を含んだ反秩序と不条理の美学に支えられている。[曽根元吉]
『サヌイエ著、安堂信也・浜田明他訳『パリのダダ』(1979・白水社)』

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世界大百科事典内のピカビアの言及

【オブジェ】より

…その先駆は,未来派の彫刻家ボッチョーニが,1911年,多様な素材を合成して〈生の強度〉に迫るべく,毛髪,石膏,ガラス,窓枠を組み合わせた作品をつくり,ピカソがキュビスムの〈パピエ・コレ(貼紙)〉の延長として,12年以後,椅子,コップ,ぼろきれ,針金を使った立体作品を試みたあたりにある。デュシャンは13年以後,量産の日用品を加工も変形もせず作品化する〈レディ・メード〉で,一品制作の手仕事による個性やオリジナリティの表現という,近代芸術の理念にアイロニカルな批判をつきつけ,ピカビアの〈無用な機械〉と名づけた立体や絵画も,機械のメカニズムをとおして人間や芸術を冷笑した。第1次大戦中におこったダダは,これらの実験を総合し,アルプやハウスマンの木片のレリーフ状オブジェや,シュウィッタースのがらくたを寄せ集めた〈メルツMerz〉,エルンストの額縁に入った金庫のようなレリーフ状作品などで知られる。…

※「ピカビア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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