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フラー ふらーCurtis Fuller

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フラー(Curtis Fuller)
ふらー
Curtis Fuller
(1934― )

アメリカのジャズ・トロンボーン奏者。デトロイトで生まれる。初めバリトン・サックスを吹いていたが後にトロンボーンに転向。1955年軍役に就き、アーミー・バンドでアルト・サックス奏者キャノンボール・アダレイ、ピアノ奏者ジュニア・マンスJunior Mance(1928― )らと共演。同年除隊後、地元デトロイトでギター奏者ケニー・バレルKenny Burrell(1931― )、テナー・サックス奏者ユーゼフ・ラティーフYusef Lateef(1920―2013)らと共演する。1956年、マサチューセッツ州ケンブリッジのマイナー・レーベル、トランジションに初リーダー作『カーティス・フラー・ウィズ・ペッパー・アダムズ』を録音する。レーベルの知名度の低さもあってあまり注目されなかったが、翌1957年ニューヨークに進出するや、たちまちジャズ関係者の目にとまるところとなる。まず、プレスティッジに同レーベル初吹き込み『カーティス・フラー・クインテット』(1957)を含む2枚のリーダー作を、続いてブルーノートに、同レーベルにおける初吹き込み『オープナー』(1957)を含む3枚、計5枚ものリーダー作を出しており、いかに彼が新人トロンボーン奏者として注目されていたかがわかる。またブルーノートでは、テナー・サックス奏者ジョン・コルトレーンの『ブルー・トレーン』(1957)、ピアノ奏者バド・パウエルの『バド』(1957)といったアルバムにサイドマンとして参加し、極めて短期間にジャズ・シーンの大物たちと共演する。1958年、代表作『ブルースエット』をサボイ・レーベルに吹き込み、その温かみのあるトロンボーン・サウンドは多くのファンを魅了した。1959年トランペット奏者アート・ファーマーArt Farmer(1928―1999)、テナー・サックス奏者ベニー・ゴルソンBenny Golson(1929― )のグループ「ジャズテット」の創立メンバーとなり、1960年アルバム『ミート・ザ・ジャズテット』に参加。翌1961年から1964年にかけては、3管編成に拡大された、ドラム奏者アート・ブレーキーのジャズ・メッセンジャーズのトロンボーン奏者として多くのアルバムに参加する。
 1960年代なかばから末にかけては目だった演奏活動がないが、1970年代に入り再びフリーランスのトロンボーン奏者としてさまざまなセッションに参加。1970年代後半および1980年代の前半はカウント・ベイシー楽団に、1979年にはライオネル・ハンプトン楽団に加わってツアーを行う。そのほかの代表作にブルーノート吹き込みの3作目『カーティス・フラーVol. 3』(1957)、1961年にエピック・レーベルに吹き込んだ『サウス・アメリカン・クッキン』がある。彼の演奏は、モダン・トロンボーン奏法を確立させたJ・J・ジョンソンJ. J. Johnson(1924―2001)の極めて高度な技法には及ばないが、朴訥(ぼくとつ)ともいえる味わいとまろやかで温かみのある音色で、トロンボーンという楽器の特色を生かした魅力を生み出している。[後藤雅洋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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