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フルベッキ フルベッキ Guido Herman Fridolin Verbeck

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デジタル大辞泉の解説

フルベッキ(Guido Herman Fridolin Verbeck)

[1830~1898]オランダ人宣教師。1859年(安政6)米国のオランダ改革派教会から派遣されて来日。明治維新後、大学南校頭取、また政府顧問となり、岩倉使節団の派遣、ドイツ医学の採用などを進言。旧約聖書「詩編」を翻訳。東京で没した。著「日本布教史」。フェルベックバーベック

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百科事典マイペディアの解説

フルベッキ

米国のオランダ改革派教会宣教師。オランダ生れ。1859年伝道のため来日し,長崎などで英語を教えた。1869年上京して開成学校(のち大学南校)の教師となり,政府顧問として教育・法律・行政に関して献策。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

フルベッキ Verbeck, Guido Herman Fridolin

1830-1898 アメリカの宣教師。
1830年1月23日オランダ生まれ。アメリカにわたり,オランダ改革派教会から派遣され,安政6年(1859)来日。長崎の済美館,佐賀藩の致遠館などで大隈重信らをおしえる。明治2年東京にまねかれ,大学南校教頭。新政府の顧問として外交などで献策。のち明治学院の教授,理事長。旧約聖書翻訳委員となり「詩篇」を翻訳した。明治31年3月10日東京で死去。68歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

フルベッキ

没年:明治31.3.10(1898)
生年:1830.1.23
幕末明治のキリスト教宣教師,お雇い外国人。オランダのユトレヒト生まれ。父カールは裕福な商人,母はアンナ・マリア・ケラマン。機械工学を修めて,1852年,満22歳で渡米したが,病気を契機に外国伝道を決意,ダッチリフォームド教会派遣の宣教師として,ヘボンブラウンらと同じ年の1859年に妻と共に来日した。長崎に住み,長崎奉行所管轄の済美館や,薩長土肥の俊秀が集う佐賀藩の致遠館で教えたが,学識広く,芸術を解し,名声を求めず,誠実で謙虚な人柄の故に多くの人に敬愛された。教え子の大隈重信,副島種臣らは明治維新政府の高官となったのち,彼を東京に招き,教育,外交面での彼の助言を重んじた。明治4(1871)年の岩倉使節団も彼の提案にもとづく。米国への留学生も多く斡旋した。明治6年に切支丹禁制の廃止が実現すると,自分の政治活動の時期は終わったと判断,以後はキリスト教の布教に献身した。一致神学校(日本最初のプロテスタント神学校)で教え,旧約聖書翻訳委員としては詩篇の名訳を生み,明治政府への貢献により,自由に国内を旅行できる特権を活用して地方伝道を行った。青山墓地に墓と記念碑がある。<参考文献>高谷道男編『フルベッキ書簡集』

(加納孝代)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

フルベッキ【Guido Herman Fridolin Verbeck】

1830‐98
アメリカのオランダ改革派教会宣教師。英語読みではバーベック。オランダに生まれ,移住先のアメリカでオーバン神学校に学ぶが,病に倒れたのを契機に献身を決意。新婚早々の1859年(安政6)来日して長崎で日本語を習得,禁教下秘かに布教して村田若狭に最初の洗礼を授けた。また,長崎の洋学所,その後身の済美館,さらに佐賀藩の致遠館で英語・フランス語オランダ語ドイツ語の語学,政治,科学,兵事などを教え,門下から大隈重信,伊藤博文横井小楠らの人材が輩出した。

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大辞林 第三版の解説

フルベッキ【Guido Herman Fridolin Verbeck】

1830~1898) アメリカのオランダ改革派宣教師。オランダ生まれ。1859年来日し、長崎で英語を教授。のち大学南校教頭・政府顧問として活躍。旧約聖書の翻訳にも尽力。バーベック。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フルベッキ
フルベッキ

フェルベック」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フルベッキ
ふるべっき
Guido Herman Fridolin Verbeck
(1830―1898)

アメリカ改革派(オランダ系)の宣教師。オランダ生まれ。モラビア派の信仰の影響を受けて育ち、ユトレヒトの工業学校土木技術を学んでアメリカに移住。コレラにかかった体験が契機となりオーバン神学校を卒業して宣教師となる。シモンズD. Simmons、ブラウンS. R. Brownと来日(1859)した。佐賀藩の学校致遠館(ちえんかん)で教えた青年たち(大隈重信(おおくましげのぶ)、副島種臣(そえじまたねおみ)ら)が明治政府の枢要な地位についたため、東京の開成学校(現東京大学)の教頭に招かれ(1871)、破格の待遇を得る。明治政府のために開港、開国、開教(信教の自由)、教育の各領域にわたって宣教師の役割を超えて力を尽くす(1875まで)。その後は全国各地を旅行してキリスト教の伝道に専念し、りっぱな日本語で説教と講演を行い、明治学院で教え、聖書の翻訳では『旧約聖書』の「詩篇(しへん)」を植村正久と担当した。68歳で東京で死去。[川又志朗]
『高谷道男編訳『フルベッキ書簡集』(1978・新教出版社)』

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世界大百科事典内のフルベッキの言及

【岩倉使節団】より

…それはこの使節団の弾力性を示している。 岩倉使節団の派遣をめぐっては,伊藤博文提案説と大隈重信提案説とがあるが,後者は,かつてフルベッキの提示した〈ブリーフ・スケッチ〉(Brief Sketch,1869年6月11日付)をもとに廃藩置県後,大隈がみずからの使節団構想を提案し,それが結果的に岩倉使節団にきりかえられた,というものである。そこには新政権をめぐる薩長と非薩長との主導権争いがからみ,使節団出発直前の1871年11月9日に政府と使節団首脳との間で調印された12ヵ条の〈約定〉が,留守中〈新規ノ改正〉を避け,官制や人事の現状維持のもとで廃藩置県後の実効をあげることを規定していることともかかわりがある,とみられている。…

【大隈重信】より

…明治維新から大正期にかけて,財政・外交にすぐれた手腕を発揮した政治家。佐賀藩の上級士族の家に生まれ,幼少から藩校弘道館で漢学を学び,のち蘭学に移り,ついで長崎に遊学してアメリカ人フルベッキについて英学を学び世界的な視野を開いた。幕末の政局で,彼は尊攘派として長州藩の外国船砲撃事件(1863)を支持し,1867年(慶応3)には脱藩上京して徳川慶喜に政権返還を説こうとしたが捕らえられ,王政復古のときも藩主に討幕出陣を勧めたが入れられなかった。…

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