フーケ(英語表記)Fouquet, Jean

  • Fouquet, Nicolas
  • Jean Fouquet
  • Nicolas Fouquet

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1420頃.ツール
[没]1480頃.ツール
フランスの画家パリミニアチュール画家のもとで修業したと思われる。 1445~47年頃にイタリアを旅行し,ローマで『教皇エウゲニウス4世の肖像』を制作。 48年ツールに帰り,イタリア的要素を取入れた新画風でフランス宮廷画家として活動。 75年ルイ 11世から「王の画家」の称号を受けた。一種の幾何学的デフォルメを伴う彫刻的人物表現と色彩の対比的効果を特色とし,フランス・ルネサンス絵画の展開に多大の影響を与えた。作品は『シャルル7世の肖像』 (1447,ルーブル美術館) ,『エチエンヌ・シュバリエの時祷書』 (50頃,シャンティイーコンデ美術館) など。
[生]1615.1.27. パリ
[没]1680.3.23? ピネロロ
ルイ 14世時代のフランスの財務卿。フロンドの乱契機に宰相 J.マザラン信任を得,1650年パリ高等法院の検事総長職を購入し,53年マザランにより財務卿に任じられて王国の財政を担当,巨万の富をたくわえた。ラ・フォンテーヌ,モリエールをはじめとする文人,画家の保護者となり,ボー・ル・ビコントに華麗な城館を築き,図書館を設置したが,若き国王ルイ 14世のねたみを買い,マザランの死 (1661.3.) 後,J.コルベールとの権力闘争に巻込まれて,ついに国費濫用のかどで逮捕された (61.9.) 。この訴訟は3年続き,コルベールらのフーケ追落しの陰謀も暴露され,当時の文人,芸術家の多くがフーケの無実のために努力したが,結局無期懲役に処せられピネロロ牢獄で世を去った。

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デジタル大辞泉の解説

[1420ころ~1480ころ]フランスの画家。厳格で壮大な空間表現と鋭い人間観察で、15世紀フランスを代表する画家とされる。

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百科事典マイペディアの解説

フランスの初期ルネサンスの代表的画家。生涯については不詳であるが,1443年―1447年イタリアに赴き,教皇エウゲニウス4世の肖像を描き,のちルイ11世の宮廷画家となった。特にミニアチュール画家として活躍し,肖像画にも傑作を残した。作品は《エティエンヌ・シュバリエの時祷(じとう)書》(シャンティイ,コンデ美術館蔵),《古代ユダヤ史》(パリ,国立図書館蔵)などのミニアチュール,また絵画では通称ムランの聖母子》を含む《ムランの二連祭壇画》(1450年ころ,ベルリン国立絵画館蔵,アントワープ,王立美術館蔵)がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

1420ころ‐80ころ
フランスの画家。トゥールに生まれ,同地で生前より16世紀に至るまで高名であったが,以後忘れ去られ19世紀に再発見された。史料的に確証ある作品はないが,わずかな史料を参照しながら,同時代の書込みによってフーケ作と認定される唯一の作品《ユダヤ古代史》写本挿絵(パリ,ビブリオテーク・ナシヨナル)との様式比較によって作品群が推定されている。 初期の経歴は不明であるが,1444‐46年イタリアに赴き,教皇エウゲニウス4世の肖像を描き,〈生けるがごとき〉(フィラレーテ評言)迫真性を賞賛された(現存せず)。
1615‐80
フランスの政治家。ブルターニュの大商人の子に生まれ,父が宰相マザランの知己であったことと,その財産とを利して官界で昇進した。若くして請願審理官の職を購入,アンタンダンを歴任し,のちにはパリ高等法院主席検事の職を得て法官の最上位に達した。マザランの信任あつく,財政難の極に財務卿に任ぜられ(1653),マザランや国王ルイ14世の要求する資金の調達のために私財および個人的借入金の提供を余儀なくされた。おうような人柄で多くの友人に恵まれ,モリエール,ル・ブランら文人,美術家のパトロンとなり,ボーの壮麗な城館に国王を招いて大祝宴を催したが,その勢威を国王に憎まれ,また,その地位をねらうコルベール敵意を招いて,資金調達のための便法や手続不備を公金横領と弾劾され,逮捕,裁判の末,終身拘禁刑に処せられた。

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精選版 日本国語大辞典の解説

(Jean Fouquet ジャン━) フランスの画家。中世的な様式の中に近代的空間構成や鋭い人間観察を示した独自の画風で、肖像画・宗教画を描く。ミニアチュールも制作。代表作「ムランの聖母子」「シャルル七世の肖像」。(一四二〇頃‐八〇頃

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

1615〜80
絶対主義時代のフランスの政治家
マザランに認められて財務総監となった(1653)が,私腹をこやし,豪壮な私邸を造った。1661年コルベールに告発され,ルイ14世によって終身刑に処せられた。デュマ(大)の小説『鉄仮面』は,彼をモデルにしたといわれる。

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世界大百科事典内のフーケの言及

【遠近法】より

…レオナルド・ダ・ビンチもまた視錐は曲面で切るべきだという考えをもっていた。実際の作品に曲面遠近法を用いたと推測されるJ.フーケのような画家もいるが,まだこの点については定説がない)。 中世の空間表現は複雑な相を帯びている。…

【時禱書】より

…その後この月暦表現の伝統は,15世紀末から16世紀前半にかけてブリュージュで国際的な写本工房活動を行ったアレクサンダー,S.ベニングやホーレンバウトらに継承された(事実,このベリー公の写本は,16世紀前半ネーデルラント総督マルガレータの時代に,一時メヘレンの宮廷で所蔵され,フランドルの写本制作に影響を与えたと思われる)。そのほか15世紀において絵画史的に高い評価を受けた時禱書としてJ.フーケの《エティエンヌ・シュバリエの時禱書》,無名作家の《ブシコ元帥の時禱書》《ロアンの時禱書》《マリー・ド・ブルゴーニュの時禱書》などがあげられる。しかし中世において一般家庭で母親が子どもの宗教教育を行うのに使用した実用的な時禱書の存在も,等閑視してはならない。…

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