手写本彩飾画enluminureをさす場合と、細密画をさす場合がある。語源的には、ラテン語の朱(ミニウム)からとする説と、より小さいを意味するラテン語ミヌスに由来するとの説があり、この両義が生まれた。手写本ではしばしば朱で文字や挿絵が描かれたためである。両者はしばしば混同されるが、芸術的にはまったく別のジャンルに属する。
[中山公男]
古代エジプトから15世紀の印刷術発明に至るまで、写本は数多く流通したが、その重要性と手写という性格から、単に文字を写すだけでなく、挿絵、装飾、装丁、また文字そのものの装飾化など、多かれ少なかれ美術品的性格をもつことになる。ギリシア、ヘレニズム、ローマの文化にも手写本彩飾画は存在したが、とくに古代末期からビザンティン、中世西欧のキリスト教文明にかけて、壁画、モザイク、ステンドグラス、板絵などと並ぶ、ときにはむしろこれらより重要な絵画芸術となる。すなわち、手写本の大半が聖書その他の聖典であり、教会などにおけるキリスト教典礼で占める役割の高さのため、宝石や貴金属細工などによって装丁されるようになっただけでなく、少なくとも初期には、キリスト教布教に際し、これらの書物が壁画や彫刻の図像の原典となることも多かったためである。
写本は、古代にはパピルスを用いた書巻形式が常だったが、4世紀前後から羊皮紙の使用が一般的になり、それに対応して書冊(コーデックス)形式が普通となる。これら写本の装飾は、初期にはおもに修道院内のアトリエで行われ、しだいに教会、宮廷、貴族の庇護(ひご)下に優れた工房が輩出し、各時代により様式が異なるだけでなく、地方、工房によっても独自の画風を示すことになる。装飾は大別して、〔1〕書物の内容に対応する挿絵、〔2〕各ページの余白などの純粋な装飾、〔3〕文字そのもの、とくにイニシアルの装飾化、となる。そしてこの場合挿絵は、聖典のことばを内側から輝かすものという意味で、イラストレーションではなく、イルミネーション(彩飾画)といわれる。
具体例としては、古代末期の『コットン創世記』(6世紀)、ビザンティンでは『ウィーン創世記』(6世紀)と書巻形式の『ヨシュアの画巻』(10世紀)、ヨーロッパ初期中世では、イニシアル・ページの抽象的、複雑な文様構成を示すアイルランドの『ケルズの書』(8世紀)、写本芸術の隆盛をもたらし宮廷画派など多様な画派を生み出したカロリング朝時代の『アダの福音書(ふくいんしょ)』(9世紀)、スペイン・ロマネスクのきわめて特異な様式で神秘性をみせる『ベアトゥス版黙示録』(11世紀)、ゴシック期の『聖王ルイの詩篇(しへん)』(13世紀)、愛書家ベリー公がランブール兄弟に描かせた『ベリー公のいとも豪華なる時祷書(じとうしょ)』(15世紀)などがある。
また、ペルシア、インドなどにも優れた写本芸術があり、時代、地方によって多くの画派を生み出している。
[中山公男]
きわめて緻密(ちみつ)な描法による小さな絵を、装身具の装飾として、あるいはたばこ箱、化粧用品の箱に描いたもの。16世紀にはグァッシュで羊皮紙に描かれたが、やがて金属板にエナメルで描く手法も一般化する。17世紀には薄い象牙(ぞうげ)板にグァッシュで描く手法が流行、19世紀末にはベラム紙(犢皮(とくひ)紙、羊皮紙よりも薄い)に描く方法も用いられた。また、16~17世紀のイギリスで流行した肖像画ミニアチュアは、ヘンリー3世の宮廷画家ルカス・ホーレンバウトによって創始された。18世紀フランスにパステル画を伝えたイタリアの女流画家ロザルバ・カリエラも象牙に肖像を描くことを得意とし、フランスに流行させた。肖像画のほか風景、花、恋人たちなど、その主題も多様化している。
[中山公男]
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細密画。ミニアチュールというフランス語は,本来,写本の装飾文字の赤い輪郭線をさしたが,現在では,細密な技法で製作された,西洋やイスラーム世界の写本の挿絵(したがってサイズは小型)をさす。イスラーム世界では偶像崇拝が禁止されていたが,12~13世紀以降文学書や歴史書の写本によく具象の挿絵が描かれるようになった。初期には中国絵画の影響を受けてイル・ハン国で描かれ,次いでティムール朝,オスマン朝で盛んになり,ムガル朝で全盛期を迎え,ラージプートの細密画にも影響を及ぼした。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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…したがって,どの作品にもパトロンの趣味が強く反映し,ここから,イスラム美術を宮廷美術とする考え方が生まれている。 イスラム美術において,彫刻,特に人体彫刻はほとんど発達せず,絵画も,壁画を除いて,写本挿絵(ミニアチュール)という特殊な形でしか発達しなかったため,書道や工芸が,東アジアや西欧のそれに比べると,著しく高い位置を占めている。
【建築】
イスラム世界の自然環境,イスラムの宗教的概念とこれに基づく慣習,あるいは社会的慣行などにより,絵画や工芸と同様に,統一性・画一性の著しく強い建築が生まれた。…
…写本のイラストレーションは三つの要素からなっている。第1はミニアチュール(細密画)で,今日の口絵にあたる。第2はヒストリエーテッド・イニシャルhistoriated initialといわれるもので,文章の初めの文字が装飾化され,人や動物が描きこまれる。…
…イベリア半島から産出される辰砂は,すでに古代においてギリシア人やローマ人たちによって利用され,主としてミニウスMinius川(現,ミーニョMinho川)のほとりで得られるところから〈ミヌスminus〉または〈ミニウムminium〉と呼ばれる独特の豊麗な赤を生み出した。そのミヌスで彩色することを〈ミニアーレminiare〉と呼んだが,この手法が中世の写本装飾に広く用いられて,やがてミニアチュールminiatureというジャンルが確立されることになる。モザイクやステンド・グラスの色彩の輝きは,ガラスという材質に負うことが大きいし,日本の友禅や沖縄の紅型(びんがた),西欧のゴブラン織やペルシアのじゅうたんなどの染織の場合も,色彩の効果は,絹,綿,毛などの材料の持つ質感と不可分に結びついている。…
…写本のページに施された装飾をいう。イルミネーションillumination,ミニアチュールminiatureともいう。これには写本の本文(テキスト)の内容に即した挿絵(イラストレーション),画面の周囲などに配する抽象的文様,文章の冒頭に用いる凝った飾り頭文字(イニシャルinitial)などがある。…
※「ミニアチュール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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