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ブラワヨ Bulawayo

デジタル大辞泉の解説

ブラワヨ(Bulawayo)

ジンバブエ南西部の都市。19世紀末、英国人がンデベレ族の抵抗を抑えて建設。首都ハラーレボツワナハボローネと鉄道で結ばれる交通の要地。同国第二の規模をもつ。周辺では鉱物資源を産するほか、食品加工業などの工業が盛ん。

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百科事典マイペディアの解説

ブラワヨ

ジンバブエ南西部の工業都市。首都ハラレの南西約400km,ボツワナとの国境に近く,標高約1380m。南アフリカ共和国ザンビアへの鉄道の中心地で空港もある。鉄鋼業が盛ん。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブラワヨ【Bulawayo】

アフリカ南部の内陸国ジンバブウェ南西部の都市。人口62万1000(1992)。標高1400mの高地にあり,首都ハラレ,南アフリカ共和国,ザンビアに通じる鉄道,道路,航空路をもつ,交通・通信の要衝である。商工業の面ではこの国で最も発展しており,食品加工業のほか織物,タイヤ,建設資材,電機などを生産する。大学,博物館,総合病院などの施設も整っている。19世紀にマタベレ(ヌデベレ)族の王国の領域であったが,1893年イギリス南アフリカ会社に占領された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブラワヨ
ぶらわよ
Bulawayo

アフリカ南部、ジンバブエ南西部の都市。マタベレランド地方の中心地で商工業が発達している。人口62万1742(1992)。1871年よりンデベレ人のロベングラ王の居住地であったが、1893年、ジェームソンの率いるイギリス軍に占領され、王も殺された。ブラワヨとはンデベレ語で「殺戮(さつりく)の場所」を意味する。その後白人入植者が急増し、1896年のンデベレ人の抵抗も平定され、鉄道の開通とともに発展した。現在は首都ハラーレ、ビクトリア滝、ボツワナのハボローネ、南部のベイトブリッジ方面への鉄道の十字路にあたり、物資の集散地となっている。600社以上の企業があり、食品加工、織物、車両・セメント製造などの工業が立地する。[林 晃史]

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