初期ルネサンスを代表するイタリアの建築家。フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂中央ドームの建設者。公証人の息子としてフィレンツェに生まれ,絹織物業組合登録の金細工師として修業したのち彫刻家となる。1401年,サン・ジョバンニ洗礼堂北側門扉のブロンズ製レリーフ・パネルの制作競技に応募,〈イサクの犠牲〉を作ってギベルティと競い,入選を逸した。このころ,同洗礼堂と市庁舎を2枚の透視図(現存せず)に描き,アルベルティが理論づけた透視図法の創始者に数えられる。ローマに出て古典建築を学んだのち,1419年フィレンツェに捨子養育院オスペダーレ・デリ・インノチェンティを設計,以後建築に専念した。優雅な落着きをもつ半円形アーチ,正確な比例をもつコリント式オーダー,ペンデンティブ・ボールトなど古典建築を特徴づけていた典型的造形要素を,単なる細部の模倣に終始せず,所要建築物の構造的必然性と意匠的要求を理解したうえで合理的に用いた点で,一連の建築作品はルネサンス建築の輝かしい出発点となった。サン・ロレンツォ教会旧聖器室,パッツィ家礼拝堂によく示されるように,トスカナ地方特産の暗青灰色砂岩(ピエトラ・セレーナ)の構造部材と白いしっくい仕上壁とが好んで対比的に用いられ,建築の構造と骨格は内装意匠とのあいだに精妙な調和を保っている。この2作品は,いずれも頂塔付き円錐屋根でおおわれ,屋根裏にリブをもつ傘形ドームを架構するが,これは構造的にきわめて合理的な円蓋であった。サン・ロレンツォ教会,晩年のサント・スピリト教会では,視線をさえぎる平たんな壁が可能なかぎり避けられ,均質な採光を得るための,建物の奥へ向かって規則的に空間の深まりを実感させる連続した柱列ないしそれに対応する壁面要素が一貫して採用された。透視図法的構成とよばれるこの設計原理は,以後のルネサンス建築にとってきわめて重要かつ基本的な理念となった。ほかに教会建築として,ルネサンス最初の集中式教会堂サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会がある。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂中央ドームの架設工事(1417-34)はこれら諸作品と並行して進められ,ブルネレスキの才能とフィレンツェの威信をかけた世紀の大事業であった。ドームの形と構造の概要はすでに決定されていたが,地上55mから90mに達し,最大径45mをおおう仮枠の建設は不可能であったため,施工途中においても自立しうる架構法が求められた。競技設計の末採用されたブルネレスキ案は,ドームを二重殻とし,隅部の8本の主リブとその中間の16本の副リブを水平アーチで連結し,水平アーチ内に含まれる円環構造のアーチ作用によって自立性を確保しつつ,基部を石積み,上部を杉綾煉瓦積みとすることによって重量の軽減と殻部の一体化をはかるものであった。ドーム基部にはボルトで緊結したカシ材の円鎖,また随所に石材の円鎖が埋めこまれている。起工時に協力したギベルティはまもなく身をひき,ブルネレスキが全工事を単独で指揮した。ドーム頂部にたつ彫塑的な大理石製の頂塔は死の直前に着工され,最後の作品となった。赤褐色の瓦と白大理石のリブ装飾および頂塔の色彩対比はドームの巨大な量感とあいまってフィレンツェの遠望に映え,人間の理性による自然法則の合理的理解を根底とするルネサンス造形芸術の記念碑として親しまれている。
執筆者:日高 健一郎
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イタリアの建築家、彫刻家。本名Filippo di Ser Brunellesco。フィレンツェに生まれ、同地に没。ルネサンス建築を主導したこの大建築家は、初め彫刻家を志して金銀細工師の徒弟となった。1401年、フィレンツェ洗礼堂第二(北側)青銅門扉制作コンクールで優れた力量を示すが、制作者にはライバルのギベルティが登用された(2人のコンクール提出作『イサクの犠牲』はフィレンツェのバルジェッロ美術館蔵)。これより一転して建築に専心するようになり、まもなくローマに出る。彼は透視図法の理論的研究者としても重要であるが、建築におけるプロポーション(均整)を数学的法則によって求めようとし、研究対象に古代ローマの建築構造を選んだのである。
建築史上に彼の名を不朽にしたのは、1434年に完成したフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ(円蓋(えんがい))設計である。ブルネレスキはクーポラを二重殻構造とし、内外殻のすきまには補助材を格子状に巡らして内外殻を固定して、重量の軽減と構造の堅牢(けんろう)化を図っている。またクーポラの下部には石材、上部にはれんがを使用して重心の配分を考慮し、基底部は鉄と木材のリングで締めて横圧力を防いでおり、さらにクーポラを支える八角形のドラム(筒状壁体)の各側面に円形の大窓を開けて、強度を減じることなしに重量の軽減を意図している。このクーポラの断面に示されるゴシック式の尖頭(せんとう)アーチ形はその構造にとって必須(ひっす)のものであったが、ローマ建築固有のもろもろのモチーフを当代の建築に復活させようとするブルネレスキの意欲は、彼のほかの設計によく示される。その最初の事例は1426年に完成されたオスペダーレ・デリ・インノチェンティ(孤児救護院)の柱廊で、ここに円柱、半円形アーチ、半球形天井などの古代ローマの建築モチーフを応用して、典型的なルネサンス様式をつくりだした。これとほぼ時期を同じくして、サン・ロレンツォ聖堂の旧聖器室と身廊部、少し遅れてサント・スピリト聖堂を手がけるが、いずれも数学的なプロポーションと秩序とが入念に追求されている。
サンタ・クローチェ聖堂の修道院中庭に、1429~30年ごろブルネレスキによって起工されたパッツィ家礼拝堂は、集中式プランによるルネサンス建築の先駆をなすもので、円形、正方形を基本として設計されている。1434年に着工されて、最終的には完成されなかったサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂は、内部の八角形のプランの各辺に八つの礼拝堂が放射状に配置され、外壁は多角形(十六角)をなし、ブルネレスキの集中式プランに対する志向がさらに進展をみせている。
[濱谷勝也]
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1377~1446
イタリア初期ルネサンスの建築家,彫刻家。フィレンツェで生没。透視図法の発明者にしてルネサンス建築の創始者。1401年,フィレンツェ洗礼堂門扉の青銅浮き彫りコンクールでギベルティと最後まで競ったが,共作を辞退して建築に転じた。ローマで古代建築を研究してのちフィレンツェに戻り,1418年,フィレンツェ大聖堂の大円蓋(だいえんがい)設計コンクールに当選,35年に完成。イタリアに流行していた北方ゴシック建築に反発し,古典モティーフを取り入れ,比例関係にもとづいた秩序ある明晰な空間を創出してルネサンス様式を確立した。代表的建築はフィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂,サント・スピリト聖堂など。
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…一方,国際ゴシックの優美な形式主義は,フラ・アンジェリコ,ボッティチェリに受け継がれた。建築では,ブルネレスキが古代ローマ建築を研究して,パッツィ家の礼拝堂などに古典的比例を回復し,アルベルティはウィトルウィウスにならった〈十書〉構成の,ラテン語によるルネサンス最初の建築書を著した。彫刻ではドナテロが古代彫刻の比例とリアリズム,これにゴシックの精神を加えて偉大な先例をつくったが,ベロッキオは表面的な写実に堕したというべきであろう。…
…したがって,ジョットはフランシスコ会の調和的・汎神論的世界観の影響下にアッシジで描いたフレスコにおいて,ポンペイ風の遠近法を復活させたが,そこには,外界への新たな関心と同時に,ベーコンに代表される,神の秩序への倫理的な証明として整合性ある空間を価値あるものとする,このような伝統があったためと考えることができる。 厳密な線的遠近法の成立は15世紀のブルネレスキによって行われた。彼は1425年ころ,フィレンツェ洗礼堂の正面に立ち鏡を使って古代の透視図法の有効性を実験した。…
…現大聖堂と円蓋の寸法はこの規定にもとづいている。地上53.8mからたちあがる内径45.2mの交差部大円蓋の架設は,それを覆うに足る作業足場と仮枠の建設が不可能であったため最大の難工事とされたが,競技設計の末,ブルネレスキによって施工中にも仮枠なしに自立しうる構造と架構法が考案され,その指揮下に1420年から14年の歳月をかけて工事が行われた。円蓋外側基部の装飾歩廊は彼の弟子による後補であるが,市民の不評をかってその工事は中止された。…
…次いで15世紀前半には建築,彫刻,絵画の3分野において,メディチ家をはじめとする富裕な商工業層の庇護の下に,種々の新しい試みが行われた。ブルネレスキは,サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂円蓋の完成をはじめ,古代ローマ建築に学んだ比例や幾何学的形態を基本とする建築を試み,数学的遠近法の考案者としても知られる。彫刻家ドナテロは,古典的均衡を示す人体と,ゴシック的な強烈な感情表現との両極端の間を揺れ動きつつ,人間の精神と肉体の真実の描出に到達した。…
※「ブルネレスキ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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