フランスの通俗喜劇の呼称。ブールバールは大通りを意味する普通名詞であるが、多くの変遷を経て今日では、パリのいわゆるグラン・ブールバール周辺の商業劇場で上演される大衆向けの通俗的な演劇をさすようになった。
18世紀末にタンプル大通り周辺にゲテ座、アンビギュ・コミック座、ポルト・サン・マルタン座など多くの劇場が誕生した。これらの劇場では19世紀前半、ドビュローのパントマイム、綱渡りなどの曲芸、道化芸が演じられ、さらにピクセレクールらの書くメロドラマが上演されて民衆は熱狂していた。メロドラマは、薄幸の美女が悪漢の餌食(えじき)とされ、波瀾万丈(はらんばんじょう)のすえに奇跡的に救われるという調子の通俗劇であった。劇中の死者が多いので「犯罪大通り(ブールバール・デュ・クリム)」の別名も生まれた。その後、19世紀後半のスクリーブらの「よくできた芝居(ピエス・ビアン・フェット)」やラビッシュの軽喜劇を経て、1900年前後にフェードーやサッシャ・ギトリらがバリエテ座などに拠(よ)り、現在のブールバール劇の概念を確立した。これにはコクラン、レジャーヌら名優の力も大きい。多くは夫と妻と愛人という三角関係の織り成す風俗喜劇で、客を楽しませることを第一目的とし、文学性が希薄で偶然によってドラマが進行し、解決が安易な点は先行のメロドラマと共通であるが、機知と色気に富む洗練された台詞(せりふ)や演技、しゃれた衣装などで観客を魅了する点に特色がある。中流階級のモラルを皮肉りはするが、正面切って批判はせず、気軽に楽しめる芝居として定着し、国立劇場系の文学的演劇や前衛劇に対し、きわめてフランス的なジャンルの一つとなった。こうして1930年ころまで隆盛をきわめたが、時代とともに変化を余儀なくされ、苦味や皮肉も混じってきた。単なる茶番に陥る危険がある一方、風刺と詩情によって文学性を帯びる可能性も高い。ブールデ、パニョルなどはその両面を備えていた。アシャール、ルッサン、アヌイ、サガンらは文学的なブールバールとされる。客室乗務員をテーマにした『ボーイング・ボーイング』(1960)で当たりをとったマルク・カモレッティMarc Camoletti(1923―2003)やフランソアーズ・ドランFrançoise Dorin(1928―2018)の書く繊細で知的なブールバール劇も人気を博した。概してブールバール劇は私生活の面でしか人間を描かないので深みはなく、単なることば遊びや風俗描写のおもしろさだけに堕すことが多い。
[岩瀬 孝・伊藤 洋]
『『現代世界戯曲選集7』(1954・白水社)』▽『『現代フランス戯曲選集』全3巻(1960~1961・白水社)』▽『日仏演劇協会編『今日のフランス演劇3』(1966・白水社)』▽『賀原夏子編、梅田晴夫・小沢僥謳訳『パリ・ブールヴァール傑作集』(1979・劇書房)』▽『J=M・トマソー著、中条忍訳『メロドラマ――フランスの大衆文化』(1991・晶文社)』▽『F・ドラン、F・サガン他著、柴田耕太郎訳『現代フランス演劇傑作選』(2001・演劇出版社)』
パリのいわゆるグラン・ブールバール(バスティーユ広場からマドレーヌ広場に至る大通り)沿いの劇場で生産される商業演劇。18世紀から19世紀前半までは,バスティーユ近くのタンプル街道に栄えた犯罪メロドラマがブールバール劇と呼ばれていた。それは流行歌や踊り,曲芸や殺しの場面などをふんだんに盛り込んだ下町の娯楽劇で,この種の台本を100編以上も書いたピクセレクールは〈ブールバールのコルネイユ〉と呼ばれたほどの流行作家であった。しかし19世紀半ばから実施されたパリ市街の大改造を契機に,犯罪メロドラマは急速に衰え,劇場はグラン・ブールバールを西に向かって繁栄しはじめる。さらに観客人口の増加とともに,現在のオペラ座周辺を中心に二十数軒の劇場が建設され,そこで生産される商業演劇がブールバール劇と呼ばれるにいたった。以後,この名称は,正劇(ドラマ)を軸とする正統的文学的演劇に対立するジャンルとして,グラン・ブールバールで上演される風俗喜劇全般を意味するようになる。この芝居の繁栄はパリのブルジョアジーの成熟と密接に結ばれて,第二帝政以降百数十年にわたって継続する。〈食後の演劇〉とも呼ばれるように,このジャンルの主体は軽い風俗喜劇であり,メロドラマとボードビルに大別される。扱われる主題は恋愛(三角関係),家庭問題(親子・夫婦の対立),金銭問題(遺産争い)などで,それに各時期に流行した現象や事件をからませることが多い。浅薄,皮相,安直といった悪罵がブールバール劇に対して浴びせられてきたが,近接する地区に20軒を超す劇場が乱立しただけに,相互の競争は激甚で,したがって作者・作品の数はおびただしい。19世紀後半のスクリーブ,サルドゥー,20世紀前半のフェードー,ベルンスタン,S.ギトリー,両大戦間のパニョル,アシャール,戦後のルッサン,カモレッティらを代表作家にあげよう。今日,パリの社会構造の変化につれて,ブールバール劇は退潮期に入っている。しかしパリという都会が存続するかぎり,ブールバール劇が滅亡することはまずありえない。事実,現代風俗を鋭くえぐるF.ドラン,サスペンスの名手R.トーマなど,ブールバール劇に新風を吹き込む才能が次々に現れている。
執筆者:大久保 輝臣
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…また,ロマン派の喜劇では世界苦の時代を背景に個人の複雑な心理を描くA.ミュッセの喜劇は,悲劇的な色合いをもつユニークなものである。19世紀後半は商業演劇が隆盛をきわめた時代であり,娯楽的な写実劇,サロン喜劇,会話喜劇,陰謀喜劇などがウェルメード・プレーの技法によって数多く生産されたが,その最も典型的なのはブールバール劇であろう。パリの演劇通りにちなんで名づけられたこのジャンルは,フランス作家の独壇場で,世紀末から20世紀の初頭にE.ラビッシュ,G.フェードー,A.ルッサンなどが出た。…
※「ブールバール劇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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