フランスの劇作家。ボルドーに生まれる。父は仕立屋で、母は温泉地のカジノなどでバイオリンを弾いていた。この環境はしばしば作品中に利用されている。パリ大学法学部中退後、広告会社に勤務し、処女作『唖(おし)のユミュリュス』(1929)や『蜜柑(みかん)』(1929)などを書く。兵役後、ルイ・ジューベの秘書となったが、俳優ピエール・フレネーがその才を認めるまで世に出られなかった。1932年『貂(てん)』の上演で一部の注目をひき、『ジェザベル』(1932)、『泥棒たちの舞踏会』(1932)、『野生の女』(1934)、『囚人ありき』(1934)を発表、名優ピトエフの演出・主演した『荷物のない旅行者』(1936)で記憶喪失者の第二の人生をめぐって常識の拒否と反抗をあらわにし、その成功(1937初演)で名声を確立、以後約1年1作の割合で作品を発表していく。当時、自ら作品を黒の悲劇的系列とバラ色の喜劇的系列とに分けた。黒い戯曲では、純粋性を追求する主人公が現実との妥協を拒んで破局に陥る。愚劣な人生の拒否は社会批判の域を出て生の不条理を暴く方向へ発展する。一方、バラ色の戯曲では、美しい幻想で汚れた人生を包み込み、破局の前に若者の愛が救われる。第二次世界大戦下では初期作品の拒否の姿勢が宿命論的色彩を深め、『レオカディア』(1939)、『ユリディス』(1942)に表れ、『アンチゴーヌ』(1942)はギリシア神話に取材して純粋な自由に命をかける乙女を描き、代表作とされる。戦後『ロミオとジャネット』(1946)、『城への招待』(1947)は技巧の円熟をみせ、『舞台稽古(けいこ)』(1950)はこの系列の「輝かしい戯曲集」の代表作である。
しかし主題に行き詰まって、『闘牛士のワルツ』(1952)、『オルニッフル』(1955)では自嘲(じちょう)的な傾向が目だち贖罪(しょくざい)感が表れ、「きしむ戯曲集」となったが、ジャンヌ・ダルクを描く『ひばり』(1953)、国王と大司教の友情を主題とした『ベケット』(1959)で史劇への新生面を開くのに成功、「衣装を着た戯曲集」にまとめられた。そののち、周囲のエゴに苦しむ劇作家を主人公とする『アントアーヌ』(1969)、『金魚』(1970)、『へそ』(1981)などでパリ劇壇の第一人者として成功を続ける。
[岩瀬 孝]
『鈴木力衛・岩瀬孝編『アヌイ作品集』全3巻(1957・白水社)』
フランスの劇作家。ボルドーに生まれ,パリ大学に学び,ジロードゥーに傾倒して劇作に志し,ピトエフ一座で上演された《荷物のない旅行者》(1937)で認められる。初期作品はいずれも金銭や因習に毒された俗物的な社会に対する純粋な若者の反抗と敗北を日常的で強烈なせりふによって描く。特に,第2次大戦中に上演された《アンティゴーヌAntigone》(1944)では既成の法を代表するクレオンにあくまで反抗して自ら死を選ぶアンティゴーヌが,占領下のパリの観客に抵抗運動の象徴と受け取られて絶賛される一方,劇の契機を登場人物の性格や心理ではなく,状況の中での選択に求めた点で実存主義的な悲劇としても評価された。以後,ジャンヌ・ダルクを主人公にし,史実を自由に現代化した《ひばり》(1953)から,女性解放運動を皮肉った最近作《ズボン》(1979)に至るまで,やや通俗的だが円熟した作劇術を駆使して社会風刺劇を書き続けてきた。その初期作品のうちのほとんどが劇団〈四季〉などにより日本に紹介されている。
執筆者:安堂 信也
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