古代ギリシア最大の伝記作家、エッセイスト。日本では英語式の呼び方プルタークでよく知られる。当時ギリシアはローマの属州であり、彼の幼・少年期はネロの治世にあたり、ネロに劣らず悪名の高いドミティアヌスの治世は、彼の30、40代にあたっている。生地は、ローマからみればギリシアの片田舎(かたいなか)のカイロネイア。生涯の大半をここで過ごす。生家はこの地方では有力な家柄であった。10代の終わりにアテナイへ出て、アカデメイア派のアムモニオスについて哲学、自然学を学ぶ。したがってプルタルコスもプラトン学徒といえるが、彼がとくに関心をもったのは弁論術、倫理、宗教で、この方面ではペリパトス派やストア派の影響も受けている。要するに折衷派の常識人といえよう。
しばしば旅に出、ローマへも生涯に何度か行っている。カイロネイア代表として儀礼的に訪問したようだが、この機に何人かのローマ政府要人の知己を得た。ただし、タキトゥスや小プリニウスら当時の代表的知識人とは交渉をもたないのは惜しまれる。またドミティアヌス帝が多くのストア派学者を迫害したとき無事でいられたのは、彼がストア派を自任してはおらず、カイロネイアに引っ込んでいたという理由のほかに、彼自身被征服者の賢明な身の処し方を心得ていたためといえる(以上は彼のエッセイ『為政者への忠告』による。しかし、彼の故郷カイロネイアは、かつて古典ギリシアの滅亡を決定的にした対マケドニアの血戦場であり、このことに全著作を通じて一言も触れていないのは理解に苦しむ)。
彼のおびただしい著作のおもなものはすべて50歳以後の執筆という事実は目をひく。なかでも重要なのは『対比列伝』(通称『英雄伝』)だが、このほかに『倫理論集』の名で一括されている多数(79編現存)のエッセイがある。内容は、プラトン哲学の諸問題を扱ったもの、ストア派を指弾するなどの重い論調から、鶏と卵とどちらが先か、あるいは結婚48訓などの軽妙なものまで、対象は多方面に及んでいる。文章は名文にはほど遠い饒舌調(じょうぜつちょう)だが、話すことを楽しんでいるプルタルコスの気分が読者に伝わってくる。文学史的に注目されるのは、彼のエッセイ集に触発されて、ルネサンス期に2人の思索家がそれぞれ重要なエッセイを書いている事実である。2人とはモンテーニュとベーコンである。
[柳沼重剛]
ローマ時代に活躍したギリシアの思想家で伝記作家。英語表記はプルタークPlutarch。ギリシアのボイオティア地方のカイロネイアの名門の出身で,アテナイに学び,エジプトや小アジアを旅したのちローマで哲学を講じ,将来皇帝となるハドリアヌスの教育にも当たった。ローマでは多くの名士と近づきになり,皇帝から要職も与えられたらしい。その後故郷に帰って著作の生活を送ったが,神託で有名なデルフォイの神官の職も長くつとめた。数多くの作品を書いたと伝えられるが,現存する作品で彼の真作と考えられるものは80に満たない。しかしながらその中には有名な《英雄伝》の大作があり,そのほかにも《倫理論集(エティカ,モラリア)》と呼ばれる膨大な著作集がある。後者は道徳ばかりでなく,政治,宗教,文学,音楽など広い範囲にわたって扱った著述で,その思想は深遠なものではないが堅実であり,豊かな教養を示していることからルネサンス期を中心として後世への影響が大きい。
執筆者:引地 正俊
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50頃~120頃
古代ローマ帝政期のギリシアの哲学者,著述家。カイロネイアの出身。デルフォイの神官。プラトン哲学を奉じ,博覧多識で,ローマ,アレクサンドリア,ギリシア各地を巡歴した。著書には『対比列伝(英雄伝)』『道徳論集』がある。
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…起源は春ごとに復活する植物(とくに穀物)の霊の神格化されたものとみられ,ナイルの増水の神ともされたが,王権理念と結びついたオシリス神話の形成によって,エジプト人の来世信仰の中核に発展し,太陽信仰と並ぶエジプト宗教の基本要素となる。神話の内容はのちギリシア人プルタルコスの《イシスとオシリスについて》にまとめられている。オシリスは大地の神ゲブと天の女神ヌートの子で,エジプト王として善政をしくが,弟である邪神セトにねたまれて殺され,ばらばらにされて投げ捨てられる。…
…アウグストゥス帝の時代に著された作者不詳の(ロンギヌス作と誤伝されている)《崇高について》と題する小論文も,かつてギリシア文学の代表的な担い手たちが目ざしてきたものを一つの理念としてとらえて,これを〈崇高〉という概念でとらえ,これを語り明かそうとしている。ギリシア・ローマの歴史を一つの偉大な人類の体験として眺観する視点を掲げているのはまた,カイロネイアの人プルタルコスである。古代人の倫理的判断と生きざまをつづった《英雄伝(対比列伝)》は,古代伝記文学の伝統の頂点に位置づけられる。…
※「プルタルコス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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