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プルタルコス プルタルコスPloutarchos

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プルタルコス
Ploutarchos

[生]46頃.カイロネイア
[没]119以後
ギリシアの倫理学者,伝記作家。アテネで学び,少くとも2度ローマを訪れて倫理学を講じ,執政官の職にもついたことがあるらしい。のちにアカイアの地方長官としてギリシアに住み,各地を訪れたが,おもに故郷カイロネイアに開いた学校で講義した。現存する作品は『英雄伝』 Bioi Parallēloiと,道徳,宗教,物理,政治,文学,教育などに関するエッセー 83編をまとめた『倫理論集』 Ethika。

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デジタル大辞泉の解説

プルタルコス(Plūtarchos)

[46ころ~120ころ]古代ギリシャの哲学者・著述家。伝記・哲学・自然科学など広い分野にわたる著作活動を行った。著「英雄伝(対比列伝)」「倫理論集」など。プルターク

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百科事典マイペディアの解説

プルタルコス

ローマ時代のギリシアの著述家。英語ではプルターク。カイロネイアの名門の出。ローマで哲学を教えた後,故郷で著作生活を送ったが,一方ではデルフォイアポロン神殿の神官ともなった。
→関連項目オシリス

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世界大百科事典 第2版の解説

プルタルコス【Ploutarchos】

46ころ‐120ころ
ローマ時代に活躍したギリシアの思想家で伝記作家。英語表記はプルタークPlutarch。ギリシアのボイオティア地方のカイロネイアの名門の出身で,アテナイに学び,エジプト小アジアを旅したのちローマで哲学を講じ,将来皇帝となるハドリアヌスの教育にも当たった。ローマでは多くの名士と近づきになり,皇帝から要職も与えられたらしい。その後故郷に帰って著作の生活を送ったが,神託で有名なデルフォイの神官の職も長くつとめた。

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大辞林 第三版の解説

プルタルコス【Plutarchos】

46~120頃) ギリシャの哲学者・伝記作者。ローマをはじめ各地を旅行し、広い分野にわたる著書を著す。著「英雄伝」「倫理論集」。英語名プルターク。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プルタルコス
ぷるたるこす
Plutarchos
(46ころ―120ころ)

古代ギリシア最大の伝記作家、エッセイスト。日本では英語式の呼び方プルタークでよく知られる。当時ギリシアはローマの属州であり、彼の幼・少年期はネロの治世にあたり、ネロに劣らず悪名の高いドミティアヌスの治世は、彼の30、40代にあたっている。生地は、ローマからみればギリシアの片田舎(かたいなか)のカイロネイア。生涯の大半をここで過ごす。生家はこの地方では有力な家柄であった。10代の終わりにアテナイへ出て、アカデメイア派のアムモニオスについて哲学、自然学を学ぶ。したがってプルタルコスもプラトン学徒といえるが、彼がとくに関心をもったのは弁論術、倫理、宗教で、この方面ではペリパトス派やストア派の影響も受けている。要するに折衷派の常識人といえよう。
 しばしば旅に出、ローマへも生涯に何度か行っている。カイロネイア代表として儀礼的に訪問したようだが、この機に何人かのローマ政府要人の知己を得た。ただし、タキトゥスや小プリニウスら当時の代表的知識人とは交渉をもたないのは惜しまれる。またドミティアヌス帝が多くのストア派学者を迫害したとき無事でいられたのは、彼がストア派を自任してはおらず、カイロネイアに引っ込んでいたという理由のほかに、彼自身被征服者の賢明な身の処し方を心得ていたためといえる(以上は彼のエッセイ『為政者への忠告』による。しかし、彼の故郷カイロネイアは、かつて古典ギリシアの滅亡を決定的にした対マケドニアの血戦場であり、このことに全著作を通じて一言も触れていないのは理解に苦しむ)。
 彼のおびただしい著作のおもなものはすべて50歳以後の執筆という事実は目をひく。なかでも重要なのは『対比列伝』(通称『英雄伝』)だが、このほかに『倫理論集』の名で一括されている多数(79編現存)のエッセイがある。内容は、プラトン哲学の諸問題を扱ったもの、ストア派を指弾するなどの重い論調から、鶏と卵とどちらが先か、あるいは結婚48訓などの軽妙なものまで、対象は多方面に及んでいる。文章は名文にはほど遠い饒舌調(じょうぜつちょう)だが、話すことを楽しんでいるプルタルコスの気分が読者に伝わってくる。文学史的に注目されるのは、彼のエッセイ集に触発されて、ルネサンス期に2人の思索家がそれぞれ重要なエッセイを書いている事実である。2人とはモンテーニュとベーコンである。[柳沼重剛]

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世界大百科事典内のプルタルコスの言及

【英雄伝】より

…ギリシアの著作家プルタルコスの代表的な伝記作品。日本では一般に《英雄伝》の名で親しまれているが,原題の意味からは《対比列伝》の訳語のほうが正確である。…

【オシリス】より

…起源は春ごとに復活する植物(とくに穀物)の霊の神格化されたものとみられ,ナイルの増水の神ともされたが,王権理念と結びついたオシリス神話の形成によって,エジプト人の来世信仰の中核に発展し,太陽信仰と並ぶエジプト宗教の基本要素となる。神話の内容はのちギリシア人プルタルコスの《イシスとオシリスについて》にまとめられている。オシリスは大地の神ゲブと天の女神ヌートの子で,エジプト王として善政をしくが,弟である邪神セトにねたまれて殺され,ばらばらにされて投げ捨てられる。…

【ギリシア文学】より

…アウグストゥス帝の時代に著された作者不詳の(ロンギヌス作と誤伝されている)《崇高について》と題する小論文も,かつてギリシア文学の代表的な担い手たちが目ざしてきたものを一つの理念としてとらえて,これを〈崇高〉という概念でとらえ,これを語り明かそうとしている。ギリシア・ローマの歴史を一つの偉大な人類の体験として眺観する視点を掲げているのはまた,カイロネイアの人プルタルコスである。古代人の倫理的判断と生きざまをつづった《英雄伝(対比列伝)》は,古代伝記文学の伝統の頂点に位置づけられる。…

※「プルタルコス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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