ベックリン(英語表記)Böcklin, Arnold

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベックリン
Böcklin, Arnold

[生]1827.10.16. バーゼル
[没]1901.1.16. フィレンツェ近郊フィエーゾレ
スイスの画家。 1845~47年ジュッセルドルフの美術学校に学んだのち,ジュネーブの A.カラムに師事。 48年パリに旅行,50~57年ローマに滞在。 58~61年ワイマールの美術学校で教え,66年まで再びローマで過した。 71~74年ミュンヘンに移り,74~85年フィレンツェ,85~92年チューリヒ,最晩年をフィレンツェ郊外でおくった。初期はロマン主義的な風景画を制作。 65年頃から伝統的様式と印象主義を融合して幻想的,象徴主義的な独特の画風を確立し,神話,伝説に取材した象徴的作品を残し,ドイツのミュンヘン派に影響を与えた。主要作品『死者の島』 (1880,バーゼル美術館) は S.ラフマニノフの同名の交響詩作曲の動機となった。

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百科事典マイペディアの解説

ベックリン

スイスの画家。バーゼルに生まれ,ミュンヘン,チューリヒ,フィレンツェなどで活動。古代神話に取材した独特の作風を樹立し,ロマン主義,新古典主義に新生命を吹き込み,幻想と神秘に満ちた象徴主義的世界を展開した。代表作に《海辺のビラ》(1865年,ミュンヘン,シャック絵画館蔵),《死の島》(1880年,バーゼル美術館蔵),《オデュッセウスとカリュプソ》(1883年,同美術館蔵)などがある。
→関連項目キリコマレースレーガー

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世界大百科事典 第2版の解説

ベックリン【Arnold Böcklin】

1827‐1901
スイスの画家。バーゼル生れ。ドイツ,スイス,ベルギー,フランス,イタリアの各地で学び,ドイツ・ロマン派から新古典主義,イタリアの古典的芸術までさまざまな要素を吸収。それらをもとに独特の象徴主義的画風を確立した。古代的主題,神話的主題を好んで取り上げたほか,代表作《死の島》(1880)などのように,神秘的な風景の中に象徴的人物を配した作品も多い。主としてイタリアに暮らすことが多かったが,F.vonシュトゥック,F.ホドラー,M.クリンガーなど19世紀末のドイツやスイスの象徴主義に与えた影響は計り知れないほど大きい。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベックリン
べっくりん
Arnold Bcklin
(1827―1901)

スイスの画家。10月16日バーゼルに生まれ、1845年デュッセルドルフ美術学校のJ・W・シルマーについて学ぶ。以後アントウェルペン、ブリュッセル、そしてジュネーブでは風景画家カラムAlexandre Calame(1810―64)のもとで修業。48年のパリ旅行から各地を巡り、50~57年ローマに滞在。ここで風景と神話に取材した作品を制作する。59年ミュンヘンで催した作品展で『葦(あし)のなかのパン』(ミュンヘン、ノイエ・ピナコテーク)が物議を醸す。60~62年ワイマール美術学校で教えるが、再度イタリアに赴く。その後バーゼル、ミュンヘン、チューリヒに2、3年ずつ滞在した以外はフィレンツェで過ごし、1901年1月16日同近郊のフィエーゾレで死去。彼は風景画から出発して神話に由来する象徴、幻想の画風に移り、印象派とは対極的な世界を開拓した。『死の島』(1880・バーゼル美術館)などのほか自画像も多く、『死と一緒の自画像』(ベルリン、ナショナル・ギャラリー)はこの分野の代表作である。[野村太郎]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ベックリン

(Arnold Böcklin アルノルト━) スイスの画家。神話的・象徴的幻想を描いた。代表作「死の島」。(一八二七‐一九〇一

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