日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベニザケ」の意味・わかりやすい解説
ベニザケ
べにざけ / 紅鮭
sockeye salmon
[学] Oncorhynchus nerka
硬骨魚綱サケ科に属する魚。かつてはベニマスともよばれた。アジアと北アメリカの上流に湖沼をもつ河川を母川とする遡河(そか)魚で、産卵する河川の南限はアジア側は南千島の択捉(えとろふ)島、北アメリカ側はワシントン州のコロンビア川である。アジア側はカムチャツカ半島のオゼルナヤ川とカムチャツカ川以外は大きな産卵場はない。北アメリカ側はアラスカのブリストル湾とコディアク島、およびカナダ領の諸河川に多くの産卵場を有する。したがって資源量も北アメリカ側に多い。
体はスマートで、背面は濃い藍(あい)色、体側は銀白色、尾びれに銀色のグアニン色素胞がなく、それをもつサケ類と外観から容易に識別できる。肉は濃い鮮紅色で、卵巣は桃色である。川に上った産卵魚は、頭と尾びれを除いた全体が紅葉色に変わる。全長は60センチメートル台が普通である。海で2、3年生活して成熟し、夏季に母川に遡上する。湖沼に流入する川か湖岸の砂礫(されき)底に産卵したのち、雌雄ともに死ぬ。幼魚は1、2年、ときにはそれ以上、湖でプランクトンを摂餌(せつじ)して生活し、春季に降海する。夏季は北方へ、冬季は南方へと分布域を移しながら亜寒帯水域に広く分布を広げる。アジア側のベニザケの沖合い分布の東側の限界は西経170度、北アメリカ側の西方への張り出しは東経170度に及び、両者は沖合いで広く混じり合って分布している。サケ属中もっともプランクトンを餌(えさ)とする傾向が強く、ほかにオキアミなどの小形の甲殻類、軟体類、小魚などを食べて成育する。その年に産卵する魚は春になると一斉に母川に向かって回遊を始め、遡上1、2か月前になると1日平均50キロメートルぐらいの速度で母川に接近する。
択捉島のベニザケは、ウルモペツ湖、年萌(としもえ)湖など五つの湖沼に遡上産卵し、第二次世界大戦前には10万尾前後の漁獲があり、人工孵化(ふか)も行っていた。北海道さけ・ますふ化場では、1967年(昭和42)からベニザケの陸封型であるヒメマスの稚魚を1年間池で飼育し、根室(ねむろ)の西別(にしべつ)川から降海させる試みを行った。その結果、若齢で小形ではあるが性成熟して回帰するものがかなりの量みられ、それからの採卵にも成功した。しかし、飼育中の病気の多発などで定着するには至っていない。サケ属のなかで缶詰用としての肉質がもっとも優れ、漁獲量も多いので、北洋サケ・マス漁業中の最重要種となっている。そのため、つねに日米加、日ロ漁業交渉の焦点の一つになってきた。おもに缶詰や冷凍品、塩蔵品として利用される。薫製にして美味である。
[石田昭夫]