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ベルベル人 ベルベルじんBerber

翻訳|Berber

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルベル人
ベルベルじん
Berber

北アフリカのモロッコ,アルジェリアチュニジア,リビア,エジプトにかけて分布するコーカソイド系住民で,ベルベル語を話す人々の総称。古代ローマ人や7世紀のアラブ人の支配を受けたが,12世紀にベドウィン族に侵略されるまでは比較的自律した農耕民であった。現在大部分が定住農耕民となったが,冬に低地で農業を営み,夏に山地で羊の放牧を行う半農半牧や遊牧専従民もいる。麦,大麦,果実,野菜,オリーブ,また牛,羊,やぎ,らばなどが主要産物である。定住民は石造の家に住むが,移牧民は土造とテント造の2つの住居をもつ。アルジェリアやアトラス山脈の村には,ジェマアという成人男子の構成する議会組織がある。遊牧民は終身の首長を有し,移牧民は毎年指導者を選ぶ。預言者や聖者の子孫とされる聖職者をもち,大多数がイスラム教徒である。

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デジタル大辞泉の解説

ベルベル‐じん【ベルベル人】

Berber》北アフリカに広く居住する先住民族。ベルベル語を話す。7世紀以降イスラム化・アラブ化が進んだ。ベルベルの名称はギリシャ語バルバロイ(ギリシャ世界の外に住む文明化されていない人の意)に由来する。自称は、高貴な出の人間、自由人の意のアマジグ(複数形イマジゲン)。

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世界大百科事典内のベルベル人の言及

【アンダルス】より

…第1期は征服の開始(711)からウマイヤ朝の領州時代の終り(750)までである。ベルベル人の部将ターリク・ブン・ジヤードが711年に,次いでマグリブ総督ムーサー・ブン・ヌサイルMūsā b.Nuṣayr(640‐716∥717)が712年に,相次いでモロッコの海岸から上陸し征服を開始した。西ゴート王国を滅ぼしたイスラム軍の北進は732年,南フランスのトゥール・ポアティエの戦の敗北で一時頓挫したが,その後も定期的遠征を繰り返し,ローヌ渓谷に進出したこともあった(図1)。…

【カルタゴ】より

…最高政務官は毎年門閥から選出される2人のスフェテスsuffetes,軍事指揮官は別途選ばれる将軍であったが,実権を握るのは数百名の門閥から成る元老組織,104人から成る裁判委員会であり,独裁者出現の芽は厳しく摘みとられた。民会(市民総会)は有名無実であり,市民の従軍はまれで,イベリア人,バレアレス人等,西地中海諸住民からの傭兵,従属リビア人からの徴兵,ヌミディアマウレタニアのベルベル人首長からの援軍が軍隊の中核をなした。商人の社会的地位の高さと軍人への評価の低さはギリシア・ローマ社会と対照的である。…

※「ベルベル人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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