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ペトラ ペトラ Petra

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デジタル大辞泉の解説

ペトラ(Petra)

ヨルダン南西部にある古代の隊商都市の遺跡。遊牧民ナバテア人によって建設され、紀元前1世紀から紀元後1世紀にかけて栄えた。2世紀初頭に古代ローマ帝国に併合され、衰退。周囲を砂岩の岩山に囲まれた天然の要害をなし、岩盤を掘り込んで築いた霊廟(れいびょう)、王家の墓、神殿などが残っている。1985年に世界遺産文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

ペトラ

ヨルダン南部の古代都市。紀元前後にアラビア系遊牧民のナバテア王国の首都として,また通商の中継地として繁栄したが,106年ローマ帝国の配下に入った。付近の峡谷の断崖に神殿や墓廟が残るが,ローマ風のファサードをもつカズネー・フィラウン(ファラオの宝庫)などにすぐれた建築・彫刻技術を示している。
→関連項目ネゲブ砂漠

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デジタル大辞泉プラスの解説

ペトラ

1992年スペインバルセロナで開催された夏季パラリンピック第9回大会のマスコット

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世界遺産詳解の解説

ペトラ

1985年に登録されたヨルダンの世界遺産(文化遺産)で、首都アンマン南方、死海とアカバ湾の間にある峡谷に位置する古代遺跡。ペトラは、紀元前2世紀頃から、アラブ系の遊牧民ナバタイ人の隊商都市として栄えた。岩山に囲まれた遺跡群に到達するには、断崖絶壁に囲まれたシクという一本道を通らねばならない。この細く暗い道を30分ほど歩くと、ギリシア神殿を思わせる荘厳な建造物がある。カズネ・ファルウンというこの建物の高さは30mで、岩壁に彫り込まれている。さらに奥へ進むと、ローマ時代の2~3世紀に建造された円形劇場、浴場、宴会場などのローマ遺跡が現れ、列柱通りの右手には「王家の墓」と呼ばれる岩窟墳墓群などが建ち並ぶ。この都市空間には、1000を超える住居跡が残っている。「幻の都」とされていたペトラは、1812年スイス人の東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって発見された。このような古代遺跡の価値が評価され、世界遺産に登録された。◇英名はPetra。ぺトラはギリシア語で「岩」という意味。

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世界大百科事典 第2版の解説

ペトラ【Petra】

ヨルダン王国南部の,浸食された岩山の谷間にある古代都市遺跡。アラビア語の現在名はワーディームーサーWādī Mūsā旧約聖書ではセラSelaと呼ばれた。ナバテア王国の首都であり,106年,王国のローマ併合以後は一時属州アラビア州の州都であった。南アラビアとシリア地中海を結ぶ隊商都市として繁栄したのは前2世紀から後3世紀前半までであったが,現在残る遺跡の多く(列柱付大通り,劇場,神殿,霊廟,浴場,岩窟墓,碑文など)は2~3世紀のものである。

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大辞林 第三版の解説

ペトラ【Petra】

ヨルダン中南部にある古代都市遺跡。古代、隊商路の要地として繁栄。大劇場・神殿・浴場などが残る。1985年ユネスコの世界文化遺産に登録。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ペトラ
ぺとら
Petra

西アジアの隊商都市遺跡。アカバ湾北東120キロメートルの岩石盆地にあり、現在ヨルダン王国に属す。紀元前6世紀初めアラビアから北上してきた遊牧民のナバタイ人が、前4世紀ごろここに定着し、紅海、地中海、シリア、エジプトメソポタミアを結ぶ隊商貿易に従事して、前1世紀に最盛期を迎えた。紀元後106年ローマ帝国に併合され、貿易中心地としての地位をパルミラに譲った。列柱道路、王宮、取引場、体育館、劇場、浴場が並び、周囲の岩山に神殿、王墓などが掘り込まれている。初めアラム文字を用いたが、のちナバタイ文字をつくり、それが現在のアラビア文字の直接の源をなしている。碑文、貨幣、彫刻、陶器が出土しているほか、ヨセフスの『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代史』、著者不明の『エリトラ海案内記』などに記述がある。なお、この遺跡は1985年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。[小玉新次郎]

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世界大百科事典内のペトラの言及

【ナバテア王国】より

…前2世紀前半にペトラを首都として,現在のヨルダン西部に成立したナバテアNabatea人(ギリシア語でナバタイオイNabataioi,アラム語でナバトゥNabatu)の王国。前63年にはローマに臣従したが独立を保ち,後106年ラベル2世Rabel IIの治世を最後にローマに征服され属州アラビア州に併合された。…

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