西アジアの隊商都市遺跡。アカバ湾北東120キロメートルの岩石盆地にあり、現在ヨルダン王国に属す。紀元前6世紀初めアラビアから北上してきた遊牧民のナバタイ人が、前4世紀ごろここに定着し、紅海、地中海、シリア、エジプト、メソポタミアを結ぶ隊商貿易に従事して、前1世紀に最盛期を迎えた。紀元後106年ローマ帝国に併合され、貿易中心地としての地位をパルミラに譲った。列柱道路、王宮、取引場、体育館、劇場、浴場が並び、周囲の岩山に神殿、王墓などが掘り込まれている。初めアラム文字を用いたが、のちナバタイ文字をつくり、それが現在のアラビア文字の直接の源をなしている。碑文、貨幣、彫刻、陶器が出土しているほか、ヨセフスの『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代史』、著者不明の『エリトラ海案内記』などに記述がある。なお、この遺跡は1985年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。
[小玉新次郎]
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隊商交易で栄えたナバテア王国の首都。最後のラベル2世がボスラ(ボストラ)に遷都。語源(ギリシア語とラテン語で「岩」の義)どおりの岩山に囲まれた天然の要害。現在ヨルダン領内に残る遺跡は,周壁に穿(うが)たれた岩窟墓で名高い。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…前2世紀前半にペトラを首都として,現在のヨルダン西部に成立したナバテアNabatea人(ギリシア語でナバタイオイNabataioi,アラム語でナバトゥNabatu)の王国。前63年にはローマに臣従したが独立を保ち,後106年ラベル2世Rabel IIの治世を最後にローマに征服され属州アラビア州に併合された。…
※「ペトラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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