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ペルージア Perugia

デジタル大辞泉の解説

ペルージア(Perugia)

イタリア中部、ウンブリア州の都市。同州の州都。エトルリア人が築いた町に起源する。12世紀に自治都市になり、13世紀にペルージア大学が創設された。今もなお、中世の城塞都市の面影が色濃く残っている。毎年夏にジャズの音楽祭が催される。画家ペルジーノをはじめウンブリア派の絵画を所蔵するウンブリア国立美術館(プリオリ宮殿)がある。ペルージャ

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百科事典マイペディアの解説

ペルージア

イタリア中部,ウンブリア州の州都。ローマの北約160km,トラジメノ湖東方の丘陵上にある。農産物取引の中心で,繊維,食品工業などが行われる。ヘーゼル・ナッツのチョコレートが有名。
→関連項目ウンブリア[州]

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世界大百科事典 第2版の解説

ペルージア【Perugia】

中部イタリア,ウンブリア州の州都。テベレ河谷とトラジメノ湖を見おろす493mの丘陵上にある。人口14万2522(1981)。エトルリア文明が栄えた町の一つで,当時の遺例が今日も見られる。コムーネ時代には教皇派(ゲルフ)の都市として,ウンブリア地方全域を支配するにいたり,多くの教会堂やパラッツォが建てられた。豪族バリオーニBaglioni家が支配した15~16世紀には,ペルジーノ,ピントゥリッキオ,ラファエロなどウンブリア派の画家が活躍した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ペルージア
ぺるーじあ
Perugia

イタリア中部、ウンブリア州の州都。人口14万8575(2001国勢調査速報値)。テベレ川を望む標高493メートルの丘上に位置する。歴史は古く、すでに紀元前4世紀にはエトルリア文明の拠点として栄えた。紀元後12世紀には自治都市としての体制を固め、15世紀になると画家のペルジーノなどを輩出してウンブリア派絵画の中心地となった。プリオリ宮殿(13~14世紀)の中にあるウンブリア国立美術館には、その流派の貴重な作品が収められている。また13世紀創設のペルージア大学や外国人にイタリア語を教えるペルージア外国人大学(1926設立)があるなど、文化都市でもある。菓子、たばこ、革の鞄(かばん)類の製造のほか、機械、繊維などの工業も行われる。[堺 憲一]

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世界大百科事典内のペルージアの言及

【ウンブリア派】より

…イタリア,ウンブリア地方の絵画の流派をいう。すでに13世紀末から14世紀初頭にかけてアッシジのサン・フランチェスコ教会の壁画装飾を中心に新しい絵画の誕生が見られるが,その主体となったのはローマ,シエナ,フィレンツェの画家たちであり,真に土地柄を反映したウンブリア固有の画風形成が始まるのは15世紀に入って,ボンフィーリBenedetto Bonfigli(1420ころ‐96),カポラーリBartolomeo Capolari(1420ころ‐1509)による生地ペルージアを中心とした制作活動からである。ペルジーノに至って確かな造形形態に温雅で感傷的な表現を漂わせたウンブリア派の様式が確立される。…

※「ペルージア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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