ホワイト・ホール(読み)ほわいとほーる(英語表記)white hole

翻訳|white hole

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ホワイト・ホール」の意味・わかりやすい解説

ホワイト・ホール
ほわいとほーる
white hole

時空特異点から物質を吹き出す奇妙な天体。星が重力崩壊をすると、外部から内部を観測することが不可能になるようなブラック・ホールとよばれる空間領域が形成され、内部には時空の特異点が発生する。重力崩壊はアインシュタイン方程式(物質と重力の関係を記述する一般相対性理論の基礎方程式)に従っておこる物理的な過程である。この方程式は時間反転に対して不変であるので、ある過程が許されるならば、その時間の向きを逆転させたような過程も許されるようになっている。重力崩壊の逆過程というのは、宇宙の初めから存在していた特異点から突然に物質が吹き出して、遠方に向かって広がっていく過程のことである。この特異点を囲むある有限の大きさの空間領域をホワイト・ホールとよんでいる。初めはある大きさを保っていたホワイト・ホールは、内部から物質を放射するとともにしだいに小さくなっていき、そのエネルギー質量)を完全に失ったときに消滅する。

 ホワイト・ホールの表面一方通行の面であり、粒子や光は内部から外部に向かってだけその面を横切ることができる。その外部から発せられたいかなる信号もホワイト・ホールの内部には届かない。つまり、ホワイト・ホールの存在が観測された場合でも、その後の進化に対して外部からは何の影響も与えることができない。この意味で、ホワイト・ホールの表面は外部の観測者に対する「過去の事象地平面」になっている(通常、ブラック・ホールの表面は事象の地平面とよばれるが、ホワイト・ホールと厳密に区別する際には、「未来の事象の地平面」というよび方が採用される)。ブラック・ホールの場合とは反対に、ホワイト・ホールの内部で運動している粒子は中心部の特異点に向かって落下せずに、かならず、外部に向かって放射される。

 過去のある時刻において、重力と物質の状態に対する完全なデータが与えられるならば、われわれはアインシュタイン方程式に従って、いつブラック・ホールが形成されるかを予測することができる。その内部で特異点が発生した後でも、未来の事象の地平面に隠されている特異点の影響は外部で生起する現象には関与しない。ところが、ホワイト・ホールが存在する場合は、その特異点の影響が初期データのなかに含まれる(裸の特異点)。そのような不完全な初期データのもとでは、その後におきる物理過程の予測には不確定さが導入される。たとえば、われわれはホワイト・ホールの爆発的消滅がいつ開始されるかをあらかじめ決定することはできない。

 ホワイト・ホールというのは宇宙の初めから存在していた奇妙な天体であり、その実在を疑う研究者は多い。時空の「虫食い穴(ワーム・ホール)」で連結された二つの別の宇宙があり、一方の宇宙のブラック・ホール内部に入ると、虫食い穴を通じて、他方の宇宙のホワイト・ホール内部に出ていくというような時空のモデルも考えられている。このようなホワイト・ホールは消滅することなく定常的に存続できる。しかし、虫食い穴の構造自体が微小な変化に対して非常に不安定なので、ホワイト・ホールの実在を支持するモデルになるかどうかは不明である。ホワイト・ホールの起源の問題も含めた今後の研究が必要であろう。

[冨松 彰]

『ジョン・グリビン著、山本祐靖訳『ホワイト・ホール――宇宙の噴出口』(1971・講談社)』『ジャヤント・V・ナーリカー著、中村孔一訳『重力――宇宙を支配する力の謎』(1986・日経サイエンス社、日本経済新聞社発売)』『ステン・F・オデンワルド著、塩原通緒訳、加藤賢一監修『宇宙300の大疑問――何から何まで、だれもが知りたい宇宙の謎』(2000・講談社)』『ジョン・グリビン著、樺沢宇紀訳『ニュートリノは何処へ――宇宙の謎に迫る17の物語』(2002・シュプリンガー・フェアラーク東京)』

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