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マジノ線 マジノせん Ligne Maginot

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マジノ線
マジノせん
Ligne Maginot

第2次世界大戦前に,A.マジノ国防相の提案に基づき,フランスドイツに対して構築した大規模な近代的要塞線。 1927~36年の 10年の歳月をかけて造られた。地中海の仏伊国境を南端とし,スイス国境,仏独国境を経て,ベルギールクセンブルクとの三角点国境にまで及ぶ 322kmの長大なもので,フランスのドイツに対する防衛神話をつくりだしていたが,ベルギーとフランスの国境には構築していなかったので第2次世界大戦時,ドイツ機甲兵団の強襲を受けてもろくもくずれ去った。

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デジタル大辞泉の解説

マジノ‐せん【マジノ線】

フランスが対ドイツ防衛線として国境に構築した要塞(ようさい)線。当時の陸相マジノ(A.Maginot)の建議により1927~1936年の間に建設されたが、1940年にドイツ軍に突破された。→ジークフリート線

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百科事典マイペディアの解説

マジノ線【マジノせん】

フランスが対独防衛のため築いた大要塞線。1930年―1936年,陸相マジノMaginotの計画によりスイスからベルギーに至る国境地帯に約400kmにわたり建設された。
→関連項目機械化部隊ケスタ第2次世界大戦

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世界大百科事典 第2版の解説

マジノせん【マジノ線 Maginot Line】

第2次世界大戦前に,フランスがドイツとの国境につくった要塞(ようさい)。スイスとの国境からルクセンブルクに及ぶ約400kmにわたる。フランスが当時最高の軍事技術を集めて構築したもので,主要な火砲は,コンクリート壁で防護され,射撃をする場合だけ地上に砲身がのぞくよう設計されていた。人員の生活設備も,弾薬や食糧の貯蔵設備も,全部地下で敵の砲撃に耐えるようになっていたので,当時は難攻不落といわれた。この要塞への依存が,フランスの戦略思想を保守的・防勢的なものとした。

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大辞林 第三版の解説

マジノせん【マジノ線】

第一次大戦後、陸相マジノ(A. Maginot)の建議によりドイツ国境に構築したフランスの要塞線。1940年、ドイツ軍に突破された。 → ジークフリート線

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マジノ線
まじのせん
Ligne Maginotフランス語

1927~36年構築のフランス北東国境に沿った長大な要塞(ようさい)線。提案者の陸相マジノAndr Maginot(1877―1932)に名をとる。第一次世界大戦、とくにベルダンの戦いに教訓を得、主要機能を堅牢(けんろう)な地下室に集約し、地下連絡通路を完備した点に特徴をもつ。戦前のフランス国民にとって安全保障上の象徴的存在となっていた。しかし第二次世界大戦では、ドイツが軽装堡塁(ほるい)のみのベルギー国境から突入したこと、マジノ線重装部分への攻撃もザールブリュッケンの南で容易に突破されたことから、実際の役にはたたなかった。またこのような要塞が対戦車防御には有効でも、対空戦に力をもたないことも露呈した。[柳田陽子]

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世界大百科事典内のマジノ線の言及

【フランス】より

…ここでも石灰岩はしばしば浸食されずに残り,パリ盆地では東から南東にかけて,内側はほとんど気づかないほどの緩傾斜,外側は急峻な崖となったケスタ地形がみられる。この急崖は関門(ポルトporte)と呼ばれる部分を除いて越えがたいため,フランスの対独防衛線(たとえばマジノ線)として利用された。しかしいったん通過すれば平坦な土地が広がり,視野を遮るものはミレーの絵のように教会の尖塔だけというようになる。…

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