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マタラム・イスラム Mataram Islam

世界大百科事典 第2版の解説

マタラム・イスラム【Mataram Islam】

インドネシア,中部ジャワを中心に1580年代の末ごろから1755年まで存在したイスラム王国。同名のヒンドゥー王国マタラムと区別するため,マタラム・イスラムあるいはイスラム・マタラムと呼んだりする。 建国者セナパティは半ば伝説上の人物で,北東部の海岸地方への遠征をたびたび試みつつ1601年に没した。その子パネンバハン・セダ・イン・クラピアク(在位1601‐13)のとき,ジョクジャカルタ南郊のコタ・グデに王宮を造り,東方に領土を拡張しつつ文学の振興にも尽くした。

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世界大百科事典内のマタラム・イスラムの言及

【オランダ領東インド】より

…また23年のアンボン事件の結果,競争者イギリスはインドネシア進出をあきらめてインド亜大陸に関心を転じた。 中部ジャワに興ったマタラム・イスラム王国は西に勢力を伸ばし,1628‐29年にかけて2度バタビアを包囲したが,ついに攻略できなかった。また西部ジャワのバンテン王国も次第にオランダの勢力に圧倒されるようになった。…

【スラカルタ】より

…人口51万7000(1996)。マタラム・イスラム王国の流れを汲むスラカルタ王国の旧都。ソロ川流域の肥沃な平野に位置し(標高95m),市街はソロ川の西岸に広がる。…

【スリンピ】より

…インドネシア,ジャワの宮廷舞踊の一つ。16世紀末からジャワ中部・東部を支配したマタラム・イスラム王国の秘儀として,宮中奥深く処女たちによって舞われていたもので,近年まで一般人は目にすることができなかった。第3代の王スルタン・アグンにより創作されたといわれ,18世紀中葉王国がスラカルタとジョクジャカルタの2王家に分裂して以来,それぞれ独自の発展をとげた。…

※「マタラム・イスラム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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