マリンディ(英語表記)Malindi

旺文社世界史事典 三訂版「マリンディ」の解説

マリンディ
Malindi

ケニア沿岸中部にある海港都市
モンバサ,キルワなどと並んで13世紀以降インド洋交易の中心都市として繁栄鄭和の南海遠征隊が1414年に来航。1498年にはヴァスコ=ダ=ガマが寄港して,有能な水先案内人イブン=マージドを得て,インド航路を開拓した。ポルトガルの貿易拠点になったが,拠点がモンバサに移ると,16世紀末から衰退した。

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デジタル大辞泉「マリンディ」の解説

マリンディ(Malindi)

ケニア南部、インド洋に面する港町。15世紀に明朝鄭和ていわ、ポルトガルのバスコ=ダ=ガマが訪れた。かつてはアラブ人のインド洋交易の拠点として栄えたが、ポルトガル人がモンバサに拠点を置いてから衰退した。ガマによるインド航路発見を記念した石塔やイエズス会の教会跡などがある。近年は海岸保養地として知られる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「マリンディ」の解説

マリンディ
Malindi

ケニア南東部,インド洋にのぞむ港町。モンバサ北東約 100km,ガラナ川河口に位置。綿工業,サイザルアサ加工の中心地で,サトウキビ,コプラの集散地漁業も盛ん。 1497年バスコ・ダ・ガマが訪れたことで知られる。人口約2万 3000。

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世界大百科事典 第2版「マリンディ」の解説

マリンディ【Malindi】

東アフリカ,ケニア沿岸部のほぼ中央部に位置する古い港町。人口約6000。町は海岸に沿って細長く連なる。後背地が広く,古くから豊かな作物で知られている。人口の38%がアラブないしアラブの出自を唱える混血民,7.5%がインド人,残りがギリヤマ,バジュン,キクユらのアフリカ系住民である。町についての最も古い記載は,9世紀の中国人の記録であるが,12世紀のアラブの旅行家イドリーシーはより具体的にマリンディの名をあげている。

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