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マリ・エル マリエル

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百科事典マイペディアの解説

マリ・エル

ロシア連邦の一共和国で,ボルガ川中流域北側にあり,面積2万3200km2。主都ヨシカル・オラ。人口69万8200人(2010)中,マリ人43%,ロシア人48%。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マリ・エル
まりえる
Марий Эл Mariy El

ロシア西部にある共和国。社会主義時代はマリ自治ソビエト社会主義共和国Марийская АССР /Mariyskaya ASSRと称したが、ソ連崩壊(1991年12月)前年の1990年にマリ・エル共和国Республика Марий Эл/Respublika Mariy Elとなった。面積2万3200平方キロメートル、人口76万10001999)。首都ヨシカル・オラボルガ川中流域に位置する。丘陵、平原地帯で、森林が50%以上を占める。フィン・ウゴル語派に属するマリ人の国で、住民はマリ人が43.3%を占め、ロシア人が47.5%である。ほかにタタール人(5.9%)などが住む(1989)。主要工業は木材、製紙、機械(電気機械)、食品工業である。住民の37.7%(1996)が農村に居住し、ライ麦エンバク、亜麻(あま)、ジャガイモ栽培と畜産が盛んである。交通はボルガ川の水運、カザンから首都に通じる鉄道、首都から放射状に走る自動車道が主である。[中村泰三]

歴史

マリ民族の形成は5~10世紀のことと考えられる。マリ人はしばらくボルガ・カマ・ブルガール人の影響下にあったが、1230年代からモンゴル・タタール、ついでカザン・ハン国の支配を受け、16世紀中葉からロシア国家の版図に入った。彼らはツァーリ政府にヤサーク(貢租)支払いの義務を負った。17~18世紀ボロトニコフ、ラージン、プガチョフの乱に参加、徹底的に鎮圧された。十月革命後の1920年11月自治州が形成され、36年12月自治共和国に昇格。90年に共和国を宣言し改称した。[栗生沢猛夫]

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