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マー(伯) マー[はく]Mar, John Erskine, 1st (and 18th) Earl of

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マー(伯)
マー[はく]
Mar, John Erskine, 1st (and 18th) Earl of

[生]?
[没]1572.10.29. スターリング
スコットランドの貴族。カトリック教徒の摂政メアリー (スコットランド女王メアリー・スチュアートの母) の支配時代に,穏健新教徒として,彼女と新教徒貴族の対立緩和に腐心。 1561年メアリー・スチュアートの帰国とともに枢密顧問官に任じられ,65年女王とダーンリー卿の結婚に賛成,同年伯爵に叙せられた。翌年王子ジェームズ (のちの6世〈イングランド王としては1世〉) が生れるとその後見人に選ばれ,以後一貫してジェームズのために尽し,ボスウェル (伯) の追放,メアリーの廃位,ジェームズの即位に主導的役割を演じた。その後,政府の閣僚になり,71年レノックス伯 (4代) の跡を継いで摂政になった。

マー(伯)
マー[はく]
Mar, John Erskine, 2nd Earl of

[生]1558
[没]1634.12.14. スターリング
スコットランドの貴族。初代伯の子。父がジェームズ6世 (イングランド王としては1世) の後見人であったため,少年時代は王とともに育てられ,1578年みずからも王の後見人に選ばれた。少年王ジェームズがレノックス公 (初代) やアラン (伯) の支配下にあるのをみて,ガウリー伯らと組んでルースベン事件を起し (1581) ,イングランドに亡命。 85年帰国し,アラン伯を追放して国王側近になり,枢密顧問官に任じられた。 1601年大使としてロンドンにおもむき,ジェームズのイングランド王位継承について交渉。 03年彼がジェームズ1世としてイングランド王位を兼ねたのちも実力者としてふるまい,16~30年スコットランド大蔵長官をつとめた。

マー(伯)
マー[はく]
Mar, John Erskine, 6th Earl of

[生]1675
[没]1732.5. アーヘン
スコットランドのジャコバイト貴族。アン女王時代に宮廷に入り,1710年国務大臣になったが,14年ジョージ1世の即位とともに解職。従来はホイッグ党とトーリー党の間を浮動していたが,解職を機に大王位僭称者 J.F.E.スチュアート支持に転じ,15年スコットランド高地人氏族を味方にする工作を進め,「十五年の反乱」に参加。シェリッフミュアの戦いののち,大王位僭称者とともにフランスに逃れたが,のち彼の宮廷からも追われた。

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