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ミドルトン ミドルトン Middleton, Arthur

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミドルトン
ミドルトン
Middleton, Arthur

[生]1742.6.26. サウスカロライナ,ミドルトンプレース
[没]1787.1.1. サウスカロライナ,チャールストン
アメリカ独立革命期の政治家。独立宣言署名者の一人。イギリスで教育を受けて帰国。 1763年治安判事となり,漸次植民地問題に関心を深め,75年保安委員会委員となり,アメリカ独立運動の指導者の一人となった。

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ミドルトン
ミドルトン
Middleton, Thomas

[生]1580. ロンドン
[没]1627.7.4. ロンドン近郊ニューイントンバッツ
イギリスの劇作家。オックスフォード大学に学んだ。最初は興行師ヘンズローのもとで合作者となったが,やがて単独作を発表,『狂った世界-旦那方』A Mad World,My Masters (1605) ,『第一開廷期』 Michaelmas Term (05) ,『チープサイド街の貞淑な娘』A Chaste Maid in Cheapside (11) などの写実的風刺喜劇の傑作を書いたが,やがて悲劇に転じ,『女よ女に注意せよ』 Women Beware Women (21頃) や W.ローリーとの合作『チェンジリング』 The Changeling (22) などの人間性の本質的な暗さを扱った退廃的な作品を書いた。

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ミドルトン
ミドルトン
Middleton

イギリスイングランド中北部,グレーターマンチェスター地域北東部,ロッチデール地区の町。マンチェスターの北北東約 10km,ロッチデール運河に近いアーク川中流に臨む。1974年までは独立した都市であった。

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デジタル大辞泉の解説

ミドルトン(Midleton)

アイルランド南部、コーク州の町。コークの東約20キロメートルに位置する。12世紀から19世紀にかけて、シトー修道院を中心に発展。アイリッシュウイスキーの名産地として知られる。

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百科事典マイペディアの解説

ミドルトン

英国の劇作家。ウィリアムローリーとの合作に秀作が多く,悲劇《チェンジリング》(1622年)などがある。またロンドンの儀式のための仮面劇ページェントを書き,1620年には同市の年代記編纂(へんさん)官となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミドルトン【Thomas Middleton】

1580‐1627
イギリスの詩人,劇作家。ロンドンの煉瓦職人の子として生まれ,オックスフォード大学中退ののち,少年劇団のための共作者として世に出たが,やがて成人劇団に転じ,融通性に富む劇作の才を発揮してさまざまなジャンルの劇を書いた。その中には《スペインジプシー》(1623初演。以下初演年)のような牧歌的ロマンティックコメディ,《老人をかもにする法》(1605ころ)をはじめとする一連の社会風刺喜劇,《チープサイドの貞節な乙女》(1611)によって代表される幾編かの問題性をはらんだ悲喜劇,イギリスとスペインの抗争をチェスに擬して表した《チェス・ゲーム》(1624)といった政治風刺劇,世慣れない女が誘惑と衝動によって悪の道に堕ちてゆくさまをたどった《女よ女に心せよ》(1625?)や《チェンジリング》(1622)などの陰惨な悲劇がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ミドルトン
みどるとん
Thomas Middleton
(1580―1627)

イギリスの劇作家。ロンドン生まれ。オックスフォード大学に学ぶが、中退して演劇界を志し、1602年には合作戯曲家として活躍していた事実が記録にみえる。その後少年劇団のために数編の喜劇を書くが、数年後には成人劇団に戻り、多くの喜劇、悲劇、悲喜劇を手がけた。社会的反響を得たのは、イギリスとスペインの対立をチェスに見立てた風刺喜劇『チェス・ゲーム』(1624)で、公演は成功を収めたが上演禁止処分を受けた。そのほか、喜劇には『老人をだますには』(1605ころ)、『チープサイドの貞節な乙女』(1613)などがあり、ロンドンの市民生活を風刺したものが多い。悲劇では『女よ、女に心せよ』(1621ころ)、W・ローリーWilliam Rowley(1585ころ―1626)との合作『チェインジリング』(1622)が代表作とされる。どちらも肉欲ゆえに転落する男女の生きざまを非情な目でとらえ、ヒロインの性格は悪とナイーブさの入り交じる不思議な魅力を備えている。普通C・ターナー作とされる『復讐者(ふくしゅうしゃ)の悲劇』(1607)をミドルトンの作とする説もある。[笹山 隆]
『笹山隆訳『チェインジリング』(『エリザベス朝演劇集』所収・1974・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のミドルトンの言及

【エリザベス時代】より

…初期の歴史劇から晩年のロマンス劇にいたるその複雑な作家的展開の過程において,言語・舞台芸術としての演劇のあらゆる可能性が試され,開花させられていると言って過言ではない。彼と同時代またはその後の劇作家には,風刺喜劇の型を確立したベン・ジョンソン,ロンドンの民情を背景にメロドラマを多作したトマス・デッカー,高揚された詩的表現を用いて迫力に富む流血悲劇を作り上げたジョン・ウェブスター,冷徹皮肉な人間性の観察者トマス・ミドルトン,純化された情念の輝きを耽美的に追求したジョン・フォードなどがいる。彼らの作品は移り変わる観客の嗜好と人気の波にもまれつつ,時に10に及ぶ数の劇場で上演され続けたが,ピューリタン革命勃発後の1642年にロンドン中の劇場が閉鎖されることになって,エリザベス朝演劇はその幕を閉じた。…

【ターナー】より

…安直なモラル,生硬で誇張に富んだ文体,人為的な筋立てと生気に乏しい人物像などの欠点にもかかわらず,この作品に,最近まで彼の作とみなされてきた《復讐者の悲劇》(1606ごろ。T.ミドルトン作)に共通する生への否定的精神の表出を見取り,この劇をジェームズ朝悲劇の一つの代表作とする向きもある。【笹山 隆】。…

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