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モギリョフ モギリョフ Mogilëv

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モギリョフ
モギリョフ
Mogilëv

ベラルーシ東部,モギリョフ州の州都。首都ミンスクの東約 180km,ドネプル川にのぞむ河港都市。 1267年要塞として発足し,1526年市となった。長い間商業中心地として栄えたが,革命後工業が発展した。

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百科事典マイペディアの解説

モギリョフ

ベラルーシの都市。ドニエプル川河岸の河港都市。機械,化学,冶金,織物,靴,家具などの工業が行われる。13世紀に創設。1772年ロシア領。14世紀から手工業と商人の町として栄え,16―18世紀に革工業を中心に急速に発展。

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世界大百科事典 第2版の解説

モギリョフ【Mogilyov】

ベラルーシ共和国東部の同名州の州都。人口36万6000(1993)。共和国中央部東寄りに広がるオルシャモギリョフ平野に位置し,ドニエプル川に臨む。水陸交通の要地である。市名は古代墓地〈モギーリニクmogil’nik〉がこの地域にあったことに由来すると考えられている。史料的に確認できるのは比較的遅く,13世紀になってからである。当時はキエフ大公国(キエフ・ロシア)の支配下にあったが,のちビテプスク公国,リトアニア大公国ポーランド王国を経て,1772年の第1次ポーランド分割ロシア帝国領となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モギリョフ
もぎりょふ
Могилёв Mogilyov

ベラルーシ(白ロシア)共和国モギリョフ州の州都。同共和国首都ミンスクの東180キロメートルに位置する。人口37万1400(1998)。町の主要部はドニエプル川右岸に発達している。道路、鉄道が集中し、河港をもつ交通上の要地。1267年に要塞(ようさい)として建設され、リトアニア支配下の1526年に町となり、ポーランドの支配を経て、1772年にロシア領となった。建設機械、化学繊維、金属加工、食品工業が盛ん。17世紀、バロック様式の聖ニコライ教会など古い建造物が多く残る。[山本 茂]

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