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モレル モレル Morel, Edmund

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モレル
モレル
Morel, Edmund

[生]1841.11.17. ピカデリーノッティングビル
[没]明治4(1871).9.23. 横浜
イギリスの来日技師。ロンドン,パリで工業技術を専攻し,イギリス土木学会会員。オーストラリアセイロン鉄道建設事業の顧問をつとめる。明治3 (1870) 年4月,日本政府民部省に鉄道建設工事担当技師長として招聘され,東京-横浜間鉄道建設に尽力。

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百科事典マイペディアの解説

モレル

英国の鉄道技師で,御雇外国人の一人。1870年(明治3年)来日し,鉄道寮の初代建築技師長に就任。新橋〜横浜,大阪〜神戸の鉄道建設を指導し,日本の鉄道創始に貢献。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

モレル Morel, Edmund

1840-1871 イギリスの鉄道技術者。
1840年11月17日生まれ。日本の鉄道創業に際し,明治3年パークスの推薦で来日。鉄道掛建築師長として新橋-横浜間の工事を指導,また工部省の設置を伊藤博文に建言した。肺疾患により明治4年9月23日開通をみずに死去。30歳。看病の妻(一説に日本人)も翌日没した。ロンドン出身。ロンドン大卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

モレル

没年:明治4.8.9(1871.9.23)
生年:1841.11.17
明治期に来日したお雇い外国人イギリス人鉄道技師。ロンドン郊外に生まれ,キングス・カレッジを卒業後,ドイツ,フランス工業学校で学んだ。日本の鉄道建設の融資斡旋をしたイギリス人企業家レイの人選によって,明治3(1870)年に来日した。オーストラリアにおける鉄道建設に従事した体験を生かして,狭軌を採用することや,日本の資源を考慮して鉄に代えて木の枕木を採用することなど各種の考案をし,新橋・横浜間の鉄道敷設を指揮した(1872年開通)。また伊藤博文の求めに応じて日本の工業化の基本政策に関する建議をし,これが3年の工部省の創置,6年の工学寮(東大)の開設へとつながった。過労のため結核が悪化し,インド転地療養に出発する前に死去した。看病をした妻も同じ病気で死去し,共に横浜の外国人墓地に埋葬されたが,側に植えられた遺愛の白梅は双生の実をつけたといい伝えられている。横浜の桜木町駅にモレルレリーフがある。

(三好信浩)

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岩石学辞典の解説

モレル

ゲーゼ(gaize)に似た岩石で,デンマークに産出する[Barth, et al. : 1939].

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世界大百科事典 第2版の解説

モレル【Edmund Morell】

1841‐71
イギリスの技師で,明治政府の採用した御雇外国人の一人。ロンドン郊外ピカデリー・ノッティングビルに生まれ,ロンドンのキングズ・カレッジに学んだ後,オーストラリア,スリランカでおもに鉄道建設に従事した。1870年に初代の鉄道兼電信建築師長として来日し,新橋~横浜間,神戸~大阪間の鉄道工事を指導したが,日本到着後40日目に新橋~横浜間の鉄道建設方針を提出している。その大要は工事の迅速なることを最善とし,レールセメントは別として他はすべて国産材料を用いることとした。

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大辞林 第三版の解説

モレル【Edmund Morell】

1841~1871) イギリスの鉄道技師。1870年(明治3)来日、鉄道寮初代建築師長として日本の鉄道建設を指導。東京で没。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モレル
もれる
Edmund Morel
(1841―1871)

イギリスの鉄道技師、お雇い外国人。ピカデリー・ノッチングビルに生まれる。1865年イギリス土木学会員に推薦された。1870年(明治3)3月、イギリス公使パークスの推薦により、当時鉄道創業計画中の日本政府に初代建築師長(技師長)として招かれ、ただちに新橋―横浜間および大阪―神戸間の鉄道建設を主宰した。建設資材もつとめて国産品の調達を勧め、経費の節約と工事の速成を図った。また政府に工部省の設置、同省内に工学寮、工部大学、工技生養成所などの必要性を建言した。しかし、工事なかばにして過労のため持病の肺疾患が悪化し、わずか1年半にして、開業を迎えることなく1871年9月23日客死した。日本人の夫人も看護の疲れから半日後に後を追うように急死した。夫妻は横浜の外人墓地に埋葬されたが、1934年(昭和9)になって篤志家により墓石が建立され、さらに1962年に鉄道記念物に指定された際、鉄道創業に優れた功績を残した旨を刻んだ顕彰碑が建立された。[松澤正二]

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